第133話 帝国の方針
「今回の出撃は失敗でしたね」
帝国の基地の一室。
その部屋の椅子に座ったベルケが目の前に居る海軍中佐に向かって言った。
「飛行船は基地にたどり着いたが不時着同然。前回はコースを誤り王都へ侵入できず、周辺に爆弾をばらまいただけ。そもそも王都を空襲してどのようなせいかがあるのかいまいち理解できません。ほんの二トン程度の爆弾を落とした程度で王国は崩れるというのですか」
ベルケは辛辣な言葉をぶつける。
二トンの爆弾と聞くとかなりの威力に聞こえるが、野戦砲の砲弾が一〇キロほどだから二〇〇発分の重量――毎分一五発撃てる速射砲ならば一個中隊の四門の大砲で二分間全力射撃をすれば同じ弾量を放てる。
昨今は敵の塹壕を破壊するため一週間にわたって一分間に一発程度打ち続け、最後の十数分全力射撃をしたあと突撃する作戦が主流だ。
それでも敵の防御線を抜けずにいるため、この作戦が有効かどうか帝国軍も連合軍も疑問を持っている。
一回の会戦で二〇〇万トンの砲弾を使用して敵を撃破できないのだ。
なのに、たかだか二トンの爆弾を王都に落としただけで、戦況が優位に傾くとはベルケには思えない。
「恐怖爆撃ですよ」
海軍中佐は言った。
「何処にも安全な場所など無い事を連合国、王国に知らしめ、講和の機運を高めるのです」
海軍飛行船戦隊司令ペーター・シュトラッサー中佐は語った。
彼は元は砲術士官で戦艦の砲術長を務め、いずれ戦艦の艦長として砲撃を指揮すると思っていた。
しかし開戦前に新たに設立された飛行船部隊の指揮官に任命されその道は断たれた。
シュトラッサーはこの人事を降格人事と考え最初はふてくされた。
しかし、飛行船の有用性、長時間の滞空と高高度からの偵察観測は、海戦において有効である事、敵艦の位置を素早く知り優位な位置に移動できる点を優秀な士官故にすぐに気がついた。
以後のシュトラッサー中佐は長距離偵察の要として軍艦より速く遠距離へ進出し空高くから広範囲を見通せる飛行船を研究していた。
だが、開戦してからは王国海軍による封鎖で戦艦艦隊の活躍の場所がなく彼らの露払い索敵を行う飛行船部隊にも活躍の場は無く、せいぜい帝国近海を哨戒するか王国本土を偵察するだけだった。
しかも、飛行船の維持に必要な資材、予算、人員をベルケ率いる陸軍航空隊に取られていた。
飛行船に搭載する航空用エンジンや硬式飛行船の骨組みになるアルミニウムの分配を巡ってライバル関係だ。
しかも塹壕戦では敵機を撃墜する軽快な戦闘機が求められており、ベルケの発言力は高まる一方だ。
何とか飛行船が役に立つことを証明する必要がシュトラッサー中佐と飛行船部隊にはあった。
そこで思いついたのが、大きな搭載量と長い航続距離をもつ飛行船の特徴を生かした王都への爆撃だった。
「たとえ陸軍の進撃を防げても、飛行船部隊が王都を、王国の何処でも爆撃を行える。安全な場所はないと知らしめることが出来ます」
「それが決定的か?」
「少なくとも前進できない前線より、王国本土に確実に損害を与えています」
「しかしそれも最早お終いでしょう。王国は皇国から援軍を要請、展開し、迎撃を始めました。今回は運良く帰る事が出来ましたが、今後は撃墜されるでしょう」
「それに関しては既に対策を考えてあります。これまでの失敗や欠点も改善した素晴らしい作戦が一週間後に行えます」
「だが」
「もう良いベルケ」
軍司令官である皇太子殿下はベルケを黙らせてシュトラッサーに言った。
「しばらくは本土攻撃を継続するように命じる。成果を上げるように」
「必ずや、王都の王宮に爆弾を落としてみせましょう」
作戦が許可されたシュトラッサー中佐は、喜んで準備の為に出ていった。
「よろしいのですか殿下」
「ベルケ、実際戦果を上げているのは飛行船部隊だ」
このところ連合軍の攻撃が激しく、帝国軍は防戦一方だった。攻勢に出るには損害が多すぎて兵力が減りすぎている。
東部戦線も勝ちすぎて、補給線が広がりすぎて占領地確保のために攻勢が停滞している。
唯一活発に活動し打撃を――軍事的成果はともかく政治的、外交的にインパクトのある結果を出しているのは飛行船部隊だけだった。
「ですが、先日の爆撃で市街地を爆撃したのは拙かったのでは」
「王国民に恐怖を与え、戦意を喪失させるには有効では?」
「とても戦意が低下しているようには見えません」
ベルケは中立国の新聞を広げて見せた。そこにはクラークハロッズの例の横断幕が写った写真と、父と離れても共に帝国に屈せず戦う少年支配人代行、と書かれたタイトル記事が載っていた。
「それに、無辜の市民を虐殺していると非難しています」
「騎士道にもとるというのかね」
「それもありますが、我が帝国の名誉、いえ評判が悪化しているように感じます。ハッキリとは言えませんが」
「空の勇者でも分からない事があるのかね」
「はい、何か見落としているような気がしてなりません」
「だが、現状を打破する手段を戦闘機隊部隊は持たないのでは無いのではないか?」
ベルケは黙り込んだ。
戦闘機部隊の再編の為に後方に下がっているが、忠弥の航空部隊に対抗できるだけの組織を作れていない。
機体も劣っているし、パイロットの室も劣っている。そして彼らを活用する組織も稚拙だ。
何とか再建して戦場に送り込めているのは連合軍が王国、共和国、皇国と分かれていて統一された指揮がなされていないからだ。
ヴォージュ要塞戦の時のような統合空軍が現れていないのでようやく戦えているにすぎない。
そして帝国が戦況を打開する手立てが他にないのも事実だった。
「今後の計画のためにも飛行船には資材を投入する。この後の事を考えても飛行船部隊には戦果が必要なはずだ。それは戦闘機隊にも良いことではないのか?」
「はあ」
今進められている本土空襲の次の計画で戦闘機隊の力が必要なのでベルケは呼ばれていた。
確かに戦闘機隊の力が必要だが飛行船との共同作業というのが気に入らないし、飛行船に花を持たさなければならない。
それがしゃくだった。
しかし、連合軍を混乱させるには有効な手立てである事も認めている。
そのために本土への空襲が成功するのは悪くない。
ただ、前線へ送られる航空機の数が少なくなるのが気に食わなかった。
しかし、前線での打開策がないのも事実であり、皇太子殿下の命令に従うしかベルケには無かった。
こうして、飛行船部隊は七日後、再出撃した。
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