第122話 外伝 ヘルマン・エーペンシュタイン2
「確かにこのままだと不味いんだよな」
エーペンシュタインの友人でありパイロットのレールツァーは呟いた。
ヘルマン・エーペンシュタインは大貴族の跡取り息子だ。
何不自由なく暮らしたが、ヘルマンの中にある冒険心を満たすにはいたらなかった。
成長するにつれて、貴族のたしなみであるフェンシングや乗馬、射撃に飽きてきて、山登りを始めた。
断崖絶壁をロープ一本で上り頂上に立ったことも何回もあり、山岳ブームが始まった頃でありヘルマン峰というピークに初登頂の記録を残した。ヘルマン峰のヘルマンとは、勿論彼の名前から取られたものだ。
それでもヘルマンの冒険心が満たされることは無く、自由奔放に領地やその周辺を遊び回り、暴れ回り、エーペンシュタイン家の問題児ヘルマンとして有名だった。
ヘルマンの奔放さは、息子の生活態度を嘆いた父が幼年学校へ入学させたことで収まった。
どんな悪童でも、矯正することで有名な幼年学校ならばヘルマンの性根を直してくれると期待していた。そして望み通りヘルマンは幼年学校で大人しくなった。
それまでの生活より幼年学校の生活、特に時に厳しい軍事訓練は、ヘルマンの若い冒険心を満たした。
元々頭も良いので授業で優秀な成績を取り、彼は優秀な生徒としてそのまま士官学校へ進み、父の有人が連隊長を務める歩兵連隊へ候補生として入隊し少尉任官した。
その間に社交界デビューを果たし、帝国では若き貴公子として有名になった。
そして大戦が始まると、少尉として従軍した。
最初の頃は戦争で武勲を建てようと若いヘルマンは意気揚々と国境を越え、共和国の領土の中へ向かって猛烈に突進した。
敵の部隊を発見し果敢な攻撃で撃退、味方の援護もあったが、捕虜多数を得る武勲を建てた。
その戦功で勲章を受けたが、直後に第一軍が包囲降伏したため、ヘルマンの部隊はその場で塹壕を掘るよう命じられ、長い塹壕生活に入った。
穴蔵の生活はヘルマンの心身を害し、リウマチ熱を発症してしまい後方の病院に御くっれる事となった。
そして見舞いに来たレールツァーの話を聞いて、航空機の魅力をしり、転属願いを出した。
しかし、最初の転属願いは却下されたため、退院するとヘルマンは生来の反骨心からそのまま航空隊へ行き、勝手に偵察員の訓練を受けはじめ、実戦参加した。
その間に、転属願いが追認されるとヘルマンは考えたいた。
だが転属願いが受理される前にヘルマンが航空隊へ駆け込んだことは、重大な軍紀違反だ。
病気が治り前線への復帰命令が出ていたので命令不服従、あるいは敵前逃亡で銃殺刑の可能性がある。
しかも軍司令部から派遣された捜査隊が航空隊に来ており、そのまま軍法会議に送られてしまう。
ここは何としても手柄を立てなければならない。
今まで誰も成功させたことのない、ヴォージュ要塞の写真偵察を成功させれば、大きな戸籍となり、軍紀違反など帳消しになる。
だからヘルマンはなんとしても偵察を成功させ、写真撮影を、要塞の写真を収めたかった。
「要塞上空を通過してくれ」
「わかった」
レールツァーはエーペンシュタインの頼みに応えて高度を下げ要塞上空へ突入した。
帝国軍の砲撃によって大地がクレーターで埋め尽くされた地面が迫る。
いくつか陣地が見えるが帝国軍の陣地からも見えるので無視。
稜線の向こう側、帝国軍からは見えない反斜面へ向かう。
陸の反対側へ抜けると、同じようにクレーターで地面が埋まっていた。
だがそれとは違う正確に掘られた円形の穴と、それを結ぶ雷のようにジグザグと曲がった壕が見える。
「見えた! 砲兵陣地だ」
敵の砲撃を避けるため稜線の陰に隠し、さらに壕で砲兵と大砲を守っている。
大砲が見えるので陣地は健在だ。
このまま攻撃すれば味方は大損害を受けてしまう。
要塞攻撃にはヘルマンが所属していた連隊も参加している。
このままだと同期や仲間が土の混ざったミンチ肉になってしまう。
何としても敵砲兵陣地の位置を記録しなければ。
「横を通り過ぎてくれ」
偵察任務に多用されている軍用機だが帝国軍には専用の偵察機がない。
航空偵察さえ始まったばかりで、偵察方法は勿論、飛行機にどのような機能を設ければ良いかさえ手探りで探っている状況だった。
偵察飛行は後席に乗った偵察員がカメラを構え、横方向の景色を撮影するしか方法が無かった。
この方法だと目標物の横を通り過ぎなければ撮影できない。
目標を真上から撮影できるようになるのは、機体の下部に専用の覗き穴を仮設するか、専用に取り付けられた偵察機が現れるまで無理だった。
つまり現状、ヘルマン達は目標の真横から撮影する以外に方法はない。
「無理だ! 左右の陣地から要塞の守備隊が銃撃している」
レールツァーはエーペンシュタインに言った。
砲兵陣地を守る歩兵の陣地から機関銃が彼らの飛行機に向かって放たれていた。
撮影するには機関銃の弾幕の中へ飛び込む必要があり危険すぎた。
「くそっ」
ヘルマンは汚い言葉を吐き捨てた。
揺れる風の冷たさが、冬山を登っていた時、吹雪に遭った時の事をヘルマンに思い出させた。
そして一つのアイディアを思いつかせた
「レールツァー! そのまま真っ直ぐ飛んでくれ。機体を揺らすなよ」
「何をする気だ、ヘルマン」
問いかけようと後ろを振り向いたレールツァーは、絶句した。
ヘルマンは、機体から身を乗り出して機体の真下にカメラを向けていた。
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