第119話 聖夜祭休戦8 講和への道筋探り

「じゃが、互いに、妾と殿下で講和を呼びかける事は出来ないか?」


 しかし碧子は諦めなかった。

 講和できなくても、そこに至る道筋を作ることを、平和への道筋、そのスタートラインを自分たちで作ることは出来ないか探ろうとした。


「どうすれば帝国は講和の席に着いてくれる」

「帝国は兄上いえ前皇太子殿下の暗殺により戦争を始めました。我々は帝国に対する謝罪と、国土の安全保障を求めます」

「安全保障?」

「帝国領の安全です。緩衝地帯として現状での国境画定です」

「それは無理じゃな」


 現在帝国は各国に攻め込んでおり、現状で停戦すると帝国は領土を拡大、連合軍側、特に領土へ攻め込まれている共和国は領土が削られる。

 中立侵犯された国など国土の九割を占領されている状態だ。

 同盟国や中立侵犯された国のこともあり、この状況ではとても講和に同意など出来ない。


「それに領土の拡大を目論んでいるのじゃろう」


 戦争で大きな痛手を被った帝国は明確な勝利を国民に提示する必要がある。

 一番分かりやすいのが領土の獲得であり、緩衝地帯という名目で領土を得ようというのが目に見えている。


「それに賠償金も得なければ」

「いかほどか」

「我が帝国の国家予算一年分」

「そのような金はない」


 どの国も例外なく戦時予算を組んでおり、余計な支出を払う余裕などない。

 そのことは空軍予算の編成報告を聞いている碧子にもよく分かっていた。


「そもそも、我々は中立条約違反を行った帝国を懲罰するために出兵した。この点に関して帝国が道義的責任を果たさなければ、講和を結べないであろう。この点に関しては如何か」


 碧子は敢然とした口調で言った。

 確かに連合軍は中立違反に対する帝国への懲罰を戦争の大義名分にしている。

 ここで折れるようでは、連合軍が戦争をしてきた意味がなくなってしまう。

 この点に気がつき念を押す点で碧子は子供では無かった。


「我々は勝つために、戦争を行っています」

「しかし、条約を無視して踏みにじった事を糺さねば、我が国の沽券に関わる。約束破りを放置しておいては誰もが我が国を蔑ろにしよう」


 校則違反やいじめを放置しているクラスは学級崩壊を起こしやすいのと同様、相手国の比例や約束違反に反撃できない国家は舐められ、強国に良いように使われてしまう。

 それを開国時に嫌というほど味わった皇国は、そうしたことに敏感だ。

 帝国には何らかの懲罰が必要だと考えていた。


「それに条約を破るような国と新たな条約を結んでもいずれ破られるとしか思えん」


 約束を破った人間はまた約束を破る。

 同じ事は国家にも言えることであり、信頼していなかった。

 信頼を得るためにも帝国には大きな譲歩を求めることになる。


「何か貴国が信頼に値する証が欲しい」


 碧子が言う。

 皇太子は暫し黙ってから口を開いた。


「……我々は代償を払いました」

「何?」

「これまで死傷者合わせて百万近い損害を受けました。それはあなた方も同じでは」


 碧子は黙った。

 連合軍が緒戦で受けた損害は知っていたが、軍事機密に属する。

 しかし、帝国軍とほぼ同等か、それ以上の損害を受けているのは確かだ。

 島国故に陸軍が小さい皇国と王国は派遣兵力が少ないこともあり、損害は少ない。

 だが、最大兵力を誇り国土を侵攻された共和国は大損害を受けている。

 超攻撃主義で、隊列を組んで敵に向かって突撃する戦法を好んでいることもあり、戦闘時における死傷者の数が異常に多かった。

 人口統計に支障をきたすほどの人数で、将来の人口ピラミッドが歪になることが心配されるほどに。


「互いに多くの人命をを失いすぎました。それで十分では?」

「確かにのう」


 戦死傷者の数を聞く度に碧子は心を締め付けられてきた。

 だから皇太子の言葉は余計に身を切り裂かれるような思いだ。


「……開戦前の状況に戻し、帝国は中立国へ謝罪。それ以上はなし。という点ではどうであろうか」


 碧子はなんとか同盟国が納得出来そうな条件を示した。


「皇太子暗殺の懲罰が」

「ルーシには十分打撃を与えたであろう」


 帝国を西側から攻撃しているルーシだったが、戦争初期に帝国へ侵攻作戦を展開。

 しかし準備不足もあり軍の連携は乱れてしまった。

 そこを帝国軍が進撃。

 敵軍の間に割って入り、侵攻してきたルーシ軍を分断し各個撃破。

 大損害を与えた。

 ルーシは大動員して壊滅した軍に兵員を補充して立て直したが帝国軍に攻め込まれ不利な状況が続いている。

 勿論、ルーシの損害が大きいことは言うまでもない。


「確かに……」


 皇太子は認めた。


「開戦前に戻る。それでなんとか講和できないか探りましょう」

「うむ、これ以上、犠牲を出さぬため。平和を得んがために」


 碧子と皇太子は互いに頷いた。

 そこへ相原が口を挟んだ。


「それでは互いに現在の休戦を年末まで延長されては? その間に互いの母国へ講和を打診されては」

「それは良いな」

「確かに」


 相原の提案に碧子も皇太子も同意した。

 互いに外交権限はないが、国家元首を父に持っている。

 時間があれば本国へ行き、講和の可能性を話し合うことが出来る。

 すでにたたき台も出来ているので話を進められる可能性はある。


「それでは、この条件で休戦の延長を」


 相原が纏めようとした時、帝国軍の伝令が駆け込んできた。

 伝令は、連合軍の将兵が居る光景に驚き、黙ってしまった。


「構わない、報告せよ」


 皇太子が報告するよう命じるとようやく伝令は自分の任務を果たせた。


「報告します! 正面の共和国軍が戦闘を再開しました!」

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