第108話 大編隊
「雨が止んだぞ! 作戦開始! 作業を始めろ!」
雨が止んだ途端、掩蔽壕の外から上官である小隊長が叫んだ。
「さあ行くぞ」
下士官は新兵達を叩き出すように外に出していった。
外に出ると他の掩蔽壕にいた兵士達、航空基地に配置された他の部隊も一斉に外に出て自分たちの道具を持って配置に付く。
「作業始め!」
グラウンド整備用のトンボ――T字型の整地用具を手にして彼等は一斉に滑走路とエプロン、誘導路の端から一列に並び前に押し出した。
雨で水たまりになっていた滑走路から排水を始める。
素早く離陸するために、飛行場整備の為に軍予備から人員を回して貰ったのだ。
彼等のお陰で直ぐに滑走路の準備は終わった。
勿論空軍の要員も遊んではいない。
彼等は雨が止むと直ぐさま格納庫から飛行機を押し出し、燃料を積み込み爆弾を搭載し、機銃弾を装填し出撃準備を行う。
カーレースのピットインのような素早さと正確さで次々と準備を整える。
「総航空機発動! 総航空機発動!」
準備が全て終わると駐機場に並んだ航空機が整備長号令の元、一斉にエンジンを回しアイドリングを始める。
轟音は雨の残り雲に反響してあたりに響き渡る。
「搭乗員搭乗!」
操縦士達が一斉に愛機に駆け寄り整備士と交代する。
機体の確認を終え、整備員に合図する。車止めを受け持つ整備員以外は全員後方へ待避する。そして全機異常が無いことを確認した整備長が手を左右に振り、車止めも外して退避させる。
出撃準備は全て整った。
管制塔に出た管制官が信号銃を上空に向けて引き金を引く。
上空で青い信号弾が点灯し落下――発進始めの合図が下ると、隊長機から進み出した。
滑走路に出てくると僚機と共にエンジン出力を上げて加速し滑走を始める。
十分に加速したら機首を上げて大空へ飛び立った。
その後には中隊所属の全ての航空機が編隊離陸を数秒単位で行い次々と大空へ飛び立って行く。
彼等は新米ではない。ここ数週間、交代で前方飛行場にやって来て数回の実戦を経た飛行士達だ。一部の熟練操縦士ほどの腕は無いが、新人ほど未熟でもない、中堅。
猛烈な訓練を経て生きて帰れる技量を実戦証明した連中だった。
その技量により、彼等はほんの数分で基地上空を数十機の航空機の大編隊で埋め尽くした。
この基地だけでなく、他の基地でも同様の矩形は繰り広げられ、ヴォージュ要塞周辺数カ所の飛行場から作戦に参加する全ての飛行隊、忠弥が指揮する二個戦闘航空団の五個戦闘飛行隊、テストの率いる攻撃航空団の三個攻撃飛行隊、サイクスの率いる爆撃航空団の二個爆撃飛行隊。
連合国総航空戦力の七割、あまりにも大きすぎて飛行隊を二個以上集めて編成する航空団という組織を初めて作り出す事になったほどの機体が参加していた。
合計で四〇〇機を越える大航空部隊が帝国軍の飛行場を目指して飛び立った。
それはこの世界で初めて現れた大規模な航空編隊であった。
彼らは去りゆく雨雲を追いかけるように東へ向かい、前線を超えて帝国軍の飛行場目指して進撃していった。
「雨は止んだな」
晴れ間を見たベルケは、元気よく表に出た。
「滑走路を排水。出撃するぞ!」
あと一息で敵を撃破できる所まで来ているとベルケは確信していた。ここで手を緩めてはならないと思い出撃を命じる。
地上要員に命じて排水を行う。基地要員だけでは人手が足りないが、要塞攻略戦の真っ最中であり余剰人員は居ない。自分達の手で何とかするしかない。
「よし、終わったら、機体を並べて出撃だ」
機体を駐機場に並べ始めた時、慌てて伝令が駆け込んできた。
「前線より報告! 敵の大編隊が接近中!」
「何だと!」
ベルケは顔面蒼白となった。
天候は西から変わるため、どうしても東側の共和国は気象予測の精度が悪く、晴れの予測が遅れて作業がワンテンポ遅れてしまった。
これはベルケにはどうしようもない不利な要素であったが、この時ばかりは致命的だった。
「数は!」
「多数」
「正確に言え」
「数え切れないくらいの大編隊です」
伝令は必死に受け取った内容を伝える。
これ以上の報告は入っていないし、通報した兵士も見たことも無い大編隊を正確に表現する術がなかった。
「済まん」
ベルケも、自分の考え違いに思い至った。
あの忠弥が、人類初の有人動力飛行を達成し、大洋横断を成功させた忠弥が、無謀に見えて緻密で準備周到な忠弥が、中途半端な兵力で攻めてくるはずがない。
ここぞという時に最大限の兵力を投入してくるのは間違いない。
狙うとすればベルケにとって最悪の時、出撃準備を整えようと準備しているが、空へはまだ上がれない今、この瞬間だ。
「離陸できる機から離陸しろ!」
出撃出来る機体があれば出撃させるべきだ。
忠弥は必ず飛行場を狙う。
飛行機を育て上げたため飛行機の長所も弱点も知り尽くしている。
如何に高性能であろうと、優秀な戦力であろうと、飛んでいない飛行機、地上の飛行機は標的でしかない。
離陸準備を進めさせるがもどかしいほど遅い。
彼等は怠けていないことは分かっていても、敵襲が、敵の飛行機が迫ってきていることを考えるともどかしいほど遅く感じてしまう。
ようやく、一機が離陸態勢が整い、発進しようとした。
「敵機来襲!」
悲鳴にも似た叫びが飛行場に轟いた。
西の空を見ると、鳥の大群と見まごうほどの編隊が自分の飛行場に迫ってきていた。
「離陸中止! 逃げろ!」
最早、機体を救うことは出来ない。せめて操縦士と整備士だけでも掩体壕に避難させて生かそうと考えた。
「バカ者! 飛行機を捨てて逃げろ!」
若いパイロットが離陸しようと機体を動かし始めた。ベルケは止めるように叫ぶが聞かない。離陸滑走を始め、徐々に加速する。
もしかして逃げ切れるのではとベルケが思った時、一機の統合空軍戦闘機が、迫ってきていた。
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