第80話 ベルケの再挑戦
数週間後、再び飛行試験の日がやってきた。
彼らはそれぞれの課題を達成するために自ら決めたコンセプトを元に設計、製作しこの日を迎えた。
地上試験も終了し、いよいよ飛行の時間となった。
「では! 行きます!」
最初に開始したのはやはりベルケだった。
彼はこの日のために作った単葉機のエンジンを点火し暖気を始める。
「変な格好ね。寸詰まりで小太り」
「やたらと胴体と翼が短いのでアンバランスに見えます」
昴と寧音が口々にベルケの機体を評価する。
「高速飛行を考えてあのような形にしたんだよ。できるだけ小型高出力のエンジンを搭載しパイロットを乗せる空間。それを支えるための翼と胴体。高速飛行だけを考えて作った機体だね」
機体の姿を見て忠弥はベルケの狙いを見抜いていた。
「けど、あんな格好、もう少しどうにかならない?」
昴が文句を言う。
見慣れないこともあるが確かに形が変だ。
もし、二一世紀の地球で飛行機を少し知っている人間が見たら米国のブルースターF2Aバッファローそっくりだと言っていただろう。
「翼を短くすることで空気抵抗が少なくなる。そして胴体を短くすることで短くした分重量が減るし、胴体表面の空気抵抗も小さくなる」
バッファローが樽のような寸詰まりの機体で美しくない、という人が居るが、当時は忠弥の言ったような考え方が主流で、他のスピード重視の機体は、大隊に多様な寸詰まりの形だ。
ソ連のポリカルポフ設計局が設計しノモンハンで日本軍と戦ったI16も似たような形をしている。
その後は、より高出力のエンジンが開発され大型でも高速化が可能になった事、機体内に機器類を搭載しやすい大型の機体へ移行し廃れていった。
しかし、出力が小さい今のエンジンの状況なら十分に使う価値のある方法だった。
ベルケの機体は、滑走路に進入し加速を始める。
矢のようなスピードで飛ばしていく。だが、離陸しない。
「どうしたの」
「翼が小さいから揚力を得るために高速にならにといけないんだ」
翼が小さい分揚力が小さく、離陸するための揚力を発生させるにはかなりの高速が必要だ。
だが、それこそ高速記録を狙う機体には望むところだ。
滑走路の半分以上を使い、ようやく離陸した。
だが、まだ高度は上げない。
タイヤを地面から離し、抵抗をできるだけ小さくしてスピードを稼ぐ。
上昇もスピード低下の原因であり、できるだけ地上近くを高速で飛行して、速度を稼ぐ。 それから上昇、それもゆっくりとだ。
ベルケは慎重に操縦桿を操作し、目標の高度に到達すると、左旋回。
そして飛行場の周りを一周すると滑走路へ進入した。
「速い!」
この前と比べても猛烈な速度で滑走路に入ってきた。
弾丸のような勢いで滑走路の上を飛び去っていく。
「タイムは!」
飛び去った後、忠弥は尋ねる。
「210キロです!」
周囲でどよめきが走った。
時速200キロを超えるのは一つの目標だったからだ。
「ベルケ機! もう一周してきます」
「レコードを確定するための飛行ですね」
三回計測してその平均を出すことで記録を確定する。一回だけだと測定の誤差が含まれる可能性が高いからだ。三回周回してその平均を出すことで記録を確定する。
「いや、記録を更新するつもりだ」
ベルケの飛び方を見ていた忠弥はベルケの狙いを読み当てる。
ベルケはちび去った後、大きく左旋回しつつ引き返す時、高度を上げた。
そして飛行場から少し離れたところで再び180度反転し高度を下げて進入してくる。
「速度を上げる飛び方をしている」
上昇は速度を低下させるが、下降は速度を上昇させる。速度低下となる旋回を終えた後上昇して高度を稼ぎ、再び旋回した後、緩やかに下降して速度を上げて滑走路に進入して速度を上げた状態で記録を出すつもりだ。
再び滑走路に進入した。
先ほどよりも勢いが付いている。
再び猛烈な速度で飛び去っていった。
「速度は!」
「ッ! 時速二三〇キロです!」
新たな記録更新に再びどよめきが起きる。
速度が更に向上したことに驚いている。
同じ飛行機で飛び方を少し変えただけで記録を向上させたベルケの腕に賛嘆の声が上がる。
「最後の周回です!」
興奮気味に記録員が言う。
先ほどと同じような飛び方で滑走路に向かう。
しかし、先ほどより降下が急だ。
降下を強めることでよりスピードを上げてより高い記録を狙おうとしていた。
その姿勢に全員が記録更新を期待する。
「拙い!」
ただ一人忠弥を除いて
「降下が急すぎる! このままだと地上に激突する!」
降下したら水平飛行に戻さないと地上とキスしてしまう。
急角度で接触すれば墜落だ。
ベルケも気がつき操縦桿を引き始めた。しかし、揚力の低い機体故に降下の勢いが付くとなかなか上がってくれない。
滑走路に進入しても降下の勢いは止まらなかった
「激突する!」
悲鳴じみた声が上がる。
しかし、寸前でベルケの機体は、降下を緩め、上昇を始めた。
タイヤが滑走路に接触したが、再び空に戻り、滑走路を駆け抜けていった。
「記録は?」
「……時速205キロです」
驚いたために観測に誤差が出ているだろうが、一応、全て200キロを超えていた。
最後の記録をもっと上手く飛べば210キロ以上の記録が出ていたかもしれない。
しかし、あえて寄り高い記録を目指したベルケの行動は賞賛してしかるべきだ。
ベルケは、再び一周すると、速度を緩め、滑走路に今度は静かに着陸した。
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