730話 蘆名義広と小峰義親

 会津街道 蘆名義広


 1584年秋


「義親」

「はっ」

「我らはどこに向かっているのだ」

「・・・」

「答えられぬところなのか?」

「そのようなことはございません。ですが義広様は何度も住まいを追われており、そのことがまことに申し訳なく、思わず言葉が詰まった次第にございます」

「そのようなこと、義親が気にする必要は無い。私にツキが無いのであろう」

「必ずや義広様を無事に会津から逃がしてみせます。ですので、もうしばらく籠の中で我慢していただければ」


 とのことである。

 たしかに私が住まいを2度も追われたのは、私に原因があるわけではない。

 どちらも申し訳なさそうな顔をしている、目の前の養父が原因であるのだ。

 1度目は欲に目がくらんで、今川への降伏が遅れた結果、長らく敵対関係にあった那須家に攻められて領地を放棄。蘆名領へと逃亡した。

 そして2度目。今回は蘆名家中に食い込んだまでは良かったが、好き勝手が過ぎた。

 廃嫡された二階堂盛隆殿を蘆名家からも排除した後、大きな権限を得た金上盛備と義親は手を結び、先代の当主である盛氏様を蔑ろにしたのだ。

 結果として家中からも、領民からも、周辺諸国からも憎まれるような立ち位置になってしまった。

 また私の元服を強行したことで、今川家に属しておられる父上の怒りにも火を付けてしまったようである。

 何やら父上も会津に介入されているようであるし、伊達家も動いているとのこと。

 そして義親が最も畏れていたことが起きたのだ。

 金上盛備の暗殺と、その一派の討伐。私はそちら側の御輿に乗ってしまっているために追われる身となってしまったのだ。

 これが今。つまり2度目である。


「しかし身体中が悲鳴を上げている。一度どこかで外に出してくれぬか?」


 前を進んでいるであろう義親の馬の足が止まった。

 降りる気配は無いが、きっと私の乗る駕籠を見下ろしているのであろう。


「なりませぬ。今はまだ、そのお姿を外に晒すことは危険でございます」

「そう言って、もうずっと駕籠の中なのだ。これでは体調を崩してしまう」

「我が儘はお控えいただければ。これは義広様を想ってのことでございます。お姿を誰かに見られれば、すぐさま追手が迫って参りましょう」

「そういうものか?」

「そういうものでございます」

「ならばこれだけ聞かせて欲しい。いったいどこに向かっているのだ。先ほど答えられぬとは言わなかったのだから、教えてくれても良いだろう」


 はぐらかされそうになった質問を改めて義親に投げかけた。

 顔は見えぬが、黙りこくっていることからも迷っているのであろう。口に出すことを畏れているのか、はたまた私に場所を知られることを畏れているのか。

 どちらにしても、私としては今の義親を心から信用出来るような状況では無いということ。そのくらい、義親も分かっているであろう。


「・・・ここは会津街道でございます」

「ほぉ、ならば向かう先は越後か?」

「越後が目的地ではございません。越後に入れば、すぐさま着替えていただきます。商人に扮して、新潟港から北へと脱します」

「北か。して、その先は?」

「南部家に伝手がございます。別の経路でこの地を脱した者達と南部領で合流し、伊達家を打ち破って、再び会津へと戻る算段にございます。奥羽では伊達一強だと囁かれているようでございますが、実際は南部家も勢力を拡大しております。周辺勢力を従属させ、同盟国をいくつも作ることで、南北に肥大化する伊達家に対抗しているのでございます。そしてここに公方様のお力が加わることになる」


 動いていた手が少し止まった。

 そう言えば公方様が会津に入られていたのであった。すっかり忘れていたな。

 しかし存在感が薄い御方である。このような激動の数日を送っていた私の頭からすり抜けてしまっていたことは仕方ない話であろう。


「公方様か。会津入りされたと聞いていたが、蘆名がこの様であるからな。さぞガッカリされたことであろう」

「すでに公方様と接触を果たした者たちがおります。公方様はその者達とともに南部領へ向かうことになるかと」

「ならばそちらで我らは初めて顔を合わせることになるのだな?」

「そのつもりでございます。ですのでしばらくは・・・。はっ?」


 直後、崩れ落ちる音が聞こえた。激しく身体を地面に打ち付けたのであろう。


「お見事でございます」


 駕籠は静かに降ろされた。

 乗り口が開かれ、私はソッと身体を外へと出す。目の前には、真っ青な顔をこちらに向けて震えている義親の姿があった。


「な、何故。何故、このようなことを」

「すまぬな。私は常陸に戻りたくなった」

「!?」

「義親がこの地で死ぬことは随分と前から決まっていたのだ。盛備が黒川城内で殺害されることもな。だが1つだけ想定外のことが起きた。足利義昭が会津に入れば、間違いなく奥羽における争いの中心となるであろう。かつての毛利のように。戦、御家騒動、一揆で荒れ果てた会津を助けるには、おぬしらでは駄目なのだ。ゆえに私はおぬしらを切ることにした」

「そのような勝手が・・・」


 私の手には、義親の足に刺さっているものと同様の毒付きの小さな矢が握られている。

 これは風魔の忍びが敵方の城に忍び込んで、暗殺する際に使うものであるらしい。当たり所によっては、身体が麻痺する。徐々に毒が身体に回り、いずれ死に至る。しかしそれがもし急所に当たればどうなるのか。

 私はその毒矢を握って義親に近づく。駕籠を運んでいた者達は静かにその様を見ているだけであった。

 私が決着を付けると言ったからである。


「蘆名盛氏様はさぞ御無念であったであろう。泣く泣く蘆名を捨てた者達はさぞ苦しい思いをしたことであろう。蘆名の統治を信じて従ってきた民達はさぞ落胆したことであろう。蘆名は義親が白河結城家の当主であった頃より、随分とその助けになっていたと聞いている。そんな恩ある家に対してこの仕打ち、私が亡き盛氏様に代わって罰を与える」


 矢が足に当たったのは都合が良かったのかもしれない。

 怯えるだけの義親は、その場から立ち上がることも出来ない。風魔の者のいうとおりであるならば、徐々に足の感覚も無くなっていることであろうで。


「何か残す言葉があるであろうか?」

「私はこのような場所で」

「死ぬのだ。操りやすいと思っていたであろう小童にいいようにやられて」


 下半身をひきづるように私から距離を取る義親。

 私はそんな義親を捕まえて馬乗りとなり、毒矢をしっかりと握りしめた。決して狙いは外さない。

 心の臓をめがけて振り下ろす。


「やめよ!止めるのだ、義広!おぬしは我が義親の子であるぞ!!」


 遺言はそれとなった。

 ざくっという音とともに鮮血が吹き出す。血は出るが、毒は身体を巡るであろう。そして解毒がされなければ、このまま死ぬ。

 返り血を袖で拭い、そして義親の身体から降りる。側にあった者達が綺麗な布で私の顔を拭ってくれた。


「その方らも、よく最後まで協力してくれた。武士らしい戦い方では無かったが、力の負ける私にはこうするしか無かったのだ。最善の選択をしたと思っている」

「その通りでございます。この一件、しかと今川の殿にお伝えいたしますので」

「助かる。これで父上が多少気を落ち着かせてくだされば良いのだが」


 しかし佐竹の立場はこの一件が無くとも安泰であったはずである。

 今川様より常陸を任されている松平家康という男から、兄上は姫を迎えている。ここに色々な思惑があったのであろうが、松平と言えば今川家における筆頭家臣の1つ。

 そこの姫を迎えられたというのだから、きっと大丈夫だ。

 この一件が兄上にとって追い風となってくれればなお良いのだがな。


「しかし躊躇い無しにやられましたな」

「当然だ。私の父は佐竹常陸介ただ1人である。死の間際になんと叫ばれようが、躊躇うことなど無かった」


 背後を見ると、すでに震えすらなくなった義親が転がっている。

 これで蘆名を牛耳る勢力を衰退させることが出来たであろう。あとは盛隆殿が上手くやってくれるはず。

 私が蘆名の当主であるのも今日で終わりだ。あるべきところに返すが筋。


「黒川城に戻るぞ。今度は護衛の任をまっとうしてくれるな?」

「もちろんでございます。義広様には無事なお姿で黒川城に戻っていただきませんと」

「ならばよし。駕籠はいらぬな。義親の馬を借りるとしよう」


 少し離れたところに逃げていた義親の愛馬の手綱を引く。我らはこれより黒川城へと帰城するのだ。

 そして蘆名を元の姿に戻す。それが私の蘆名家当主としての最後の役目であると心得る。

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