409話 探し人
小栗原城 一色政孝
1576年春
「水軍衆からの報せだ。里見義弘殿から離反した里見義頼はこちらの狙い通り安房へと引き返した。とうぶん引きこもるつもりであろう」
「これで里見家は北に集中することが出来ましょう。もしその隙を突こうものなら」
「再び水軍衆が上陸を仕掛け、今度こそ離反した者らの城を根こそぎ奪う」
「それにしても城1つを膨大な量の火薬で爆発させるとは・・・。政孝様のお知恵にございますか?」
「俺では無い。知恵を授けたとするならば信綱だ。昌頼とは長らく会っていないからな」
「そうでございましたか」
小栗原城に入城した俺達は、先んじてこの城に入り佐竹の大軍を蹴散らした家康に迎え入れられていた。
家康も何か気がついたようであったが、そのことに関しては何かを申してくる様子も無い。
正直その気遣いが今は非常に助かった。
「三河より人がありました。畿内での情勢に関してにございます」
「畿内の情勢?動きがあったということか」
「はい。山城の大部分を制圧した織田様にございますが、南の三好家や松永家が公方様から寝返ったようにございます。また紀伊の畠山家も織田様に従うことにしたようで」
「随分と状況が動いたようだな」
「なんせ毛利が上洛出来ぬという話にございますので。山名の分裂や宇喜多の離反は随分と公方様のご予定を狂わせたようにございます」
「その当人はどこで何をしている」
「どうやら槇島城にて籠城をしているようにございます。なんでも甲賀の者達を頼りにしているようにございますが、この夏に甲賀の者らを討伐すべく伊勢から北畠を大将にして出陣されるようで」
「いよいよか。これで甲賀の者らが討伐された日には・・・」
「公方様は完全に孤立いたします。言ってしまえば山城の北側を失ったことが何よりの失敗にございましょうな」
俺もそう考えた。
南は元より信長と繋がりのある者達が多かった。特に三好長治との戦では随分と協力しており、それは決して義昭の人望に集った者達ではない。
対して北側には未だ義昭を好意的に受け止める者達が残っていた。いや、反信長を心から掲げる者達か。丹後一色家は言わずもがなであるが、山名なんかもそうである。
そして丹波も一応はそう言えるであろう。
結局毛利が未だ上洛を果たしていない、その見込みもない段階で早まった真似をしたことが最悪の決断であったとしかいいようが無い。
「紀伊の畠山家は元々義昭に好意的ではなかった。だが織田様に対する感情も分からなかったために雑賀衆は中立の態度をとっていたのだ。まさかそれを勘違いしたということは」
「そこまでは・・・。ですがこれまでの行動を見るに、公方様の側近である幕臣の態度を見れば、また訳の分からぬ事を申されたとも考えられます」
「余計な口出しで主を殺そうとしていることに、其奴らはいつ気がつくのであろうな」
「はて」
だがその愚かな選択を止められぬ義昭も義昭だ。例え死んだとしても、その者らを恨むは筋違いである。
「とにかく畿内の決着はもうじきであろうな」
「ですが公方様がどうなったとしても、こちらの戦は止まりますまい」
「その通りだ。幕府という仲裁者がいなくなったことで、どちらかが音を上げるまで和睦が結ばれることはない」
「大人しくしておればよかったのですが」
「言っても始まらぬ。いや、すでに事は始まっているのだ。もう終わりを目指してひた走るしかあるまい」
家康のため息に、俺のため息も被さった。
結局は義昭を原因として俺達がため息を吐くのだ。やってられないと。
しかしそれは佐竹や蘆名にしても同様であったであろう。包囲網の首謀者である義昭が早々に京から追われれば、いったい何のために憎むべき相手と同盟を組んでまで兵を挙げたのかわからぬ。
「して次の一手だ」
「はい。政孝様が参られると聞いて、周囲を探らせておりました」
「して成果は?」
「いくつかございます。まず1つ。この地より東に位置する夏見城の城主、
「少し前までということは」
「おそらく里見家が北に兵を進めだしたことで、構っておられなくなったのかと。ですがこの城、非常に重要な位置にございます」
俺の理解が追いついているのか確認したのか、家康の言葉は一度空いた。
俺が頷けば、再び家康は話し始める。
「夏見城の近隣にはいくつか千葉家の城がございますが、一番近くにあるのが先日政孝様が戦われた高城家の者が預かる城にございます。名を高根城と言い、現在そこを守っているのは
「たしかに重要か。高城は千葉家の有力家臣の一角であったな。その者らを完膚なきまでに叩けば、南を見ている者達もこちらに注意を向けなければならなくなる」
「里見家の負担も多少は減りましょう」
「千葉家も早々に佐竹を見限らなければ、その身が危うくなると感じ始めるであろう。もはや最初の依り代であった北条は滅びた。北関東の諸大名らを取りまとめていた佐竹の勢いも、ここ何度かの戦で完全に殺したはず」
「千葉家の当主はそれほど愚かではございません。時の流れを読む力に長けております。特に今の当主は」
たしかに家康の言うとおりだ。大きな失敗という失敗は北条から離れるタイミングを誤ったこと。結果として一度領地のほとんどを放棄して佐竹領へと逃げ込んでいるが、それも佐竹と関わりを持っていたことで早々に下総に復帰している。
北条とも臣従という形以上の関係にならずに止めていたことは、千葉家にとっては間違いなく好判断であった。
取り込まれていれば、北条の滅亡に合わせてその立場を失っていたであろうからな。
「果たして次も誤ることなく手を打つことが出来るのか」
「しかしそうなれば少々厄介なこととなりましょう」
「・・・里見との盟約のことであろう?俺もそれは思った。だから例え頭を下げてきても、こちらの条件を断れぬほどには叩いておかねばならぬ。交渉を受け入れるにしてもそれからだ」
「政孝様は千葉家より里見家を重視すべきであると?」
「家康は違うのか?」
質問に質問で返すと、家康は間を空けずに首を横に振った。
「里見の方が重要にございましょう。その立地を考えても。それに周囲の大名からの評判も気になるところ。先約を守らぬようでは信用されませんでしょうから」
「そういうことだ。房総半島の立地を考えれば、やはり里見との関係は維持すべきであろう。だから譲歩するとすれば千葉家の方だ」
「では勝たねばなりませんな」
「その通りだ。だがまずはこちらの傷を癒やすところから始めよう。その間に調略を仕掛けるぞ」
家康は頷いた。
「まずはこの夏見城にございますな」
「俺がやろうか?」
「いえいえ。私にお任せを」
そう言って家康はその場から立った。
残された俺はまたいつもの思考にはまりかける。
あの日、直政が戻ってきていないと判明した日から何度も一色の兵を動員して探させている。
だが待てど暮らせど、何の手がかりもないという。
不思議な話であるが、見つからないものは見つからない。そう簡単に諦めるわけにもいかず、今も兵の一部は雑賀衆の協力の下で手がかりを探っている状況だ。
「殿、いくつか報せがございます」
「・・・如何した」
落人の声が聞こえ、俺が返事をすればその姿を現す。
「佐渡島での戦に決着がついたようにございます。織田家の援軍が越中より出陣したことで、状況が一気に上杉方へと傾きました。上陸地点を確保したことで、待機していた信濃衆も佐渡島へと上陸。佐渡の領主らは次々に降伏し、最後には実質佐渡島を支配していた本間高統の討ち死にをもって決着いたしたとのことにございます」
「佐渡の支配がどうなるかわかるか」
「上杉家の家臣の方がはいられて、上杉家による直接支配になるかと思われます。また長らく佐渡を支配しておりました本間家に関しても沙汰が下っております。まず雑田本間家は、上杉家を支援したことで現状のままにございます。ですが積極的に抵抗した河原田本間家は、城外へと逃れていた高統の嫡子が。未だ幼年であることを理由に、上杉家から後見できる者を出すとのこと」
「河原田家を残すのか?」
「そのようにございます。これ以上佐渡に時間を割くわけにはいかぬこと、それを踏まえた上で本間家の家臣らの反発を防ぐことも目的であるようにございます」
なるほどな。そして後継者は未だ幼いとのこと。後見を上杉から出すのであれば、勝手なことは出来ぬであろう。
ようは傀儡として佐渡を押さえてしまうつもりであろうな。
「また河原田家より甚大な被害を出している羽茂家に関しても、討ち死にした羽茂高貞の子に跡を継がせると」
「随分と寛大な措置だ。あの話が本当であれば、本間家は宗家を除いた分家の者らで共謀して上杉の前当主を陥れたことになろう。それを当事者の死をもって赦すとは」
「それが・・・」
「如何した」
「そのように申されたのは、その前当主である上杉謙信様であると」
「・・・そうか。なるほどな」
毘沙門天の化身と言われた上杉謙信。随分と人が変わってしまったものだ。
いや、元からそういう気質であったのか。
義という不確かなもので国を治めていたのだから、今さらそれを理解することも出来ぬし、することもない。
俺からすれば、これ以上佐渡で混乱が起きぬのであればそれで良いのだ。
「して他の報せとはなんだ」
「はい。直政殿が見つかりました」
「・・・なんと?」
「直政殿が見つかったと申しました。どうやら山の奥深くにて匿われていたようにございます。探しても見つからぬものでございましょう」
手にしていた湯飲みを思わず落としてしまっていた。落人には何も命じていなかった。
栄衆の任は多岐にわたる上に重要なものが多い。またそれに合わせて俺が別件で色々と頼んでいるのだ。
確かに動員すれば見つかるかもしれないとは思ったが、一色家と今川家を天秤にかければ当然今川家の方が重要である。
だから栄衆は動かさなかった。それだけ重要な任を与えているが故のことである。
にも関わらず・・・。
「命令違反は厳罰にあたる。知っていよう」
「承知の上にございます。私は先代と違って、完全に心を殺し切れておりませぬ。どうしても殿のお辛そうな表情を見てられませんでした」
「・・・」
思わず天井を見ていた。何とも言えぬ感情がこみ上げてくる。
感極まって呼吸すらも忘れていた。それほどまでに色々と衝撃であり、そして何よりも安堵した。
「厳罰は頭領である私1人にお願いいたします。他の者らに命じたのは全て頭領としての権限にございますので」
「厳罰に関しては後ほど考える。とにかく今は無事なままでこちらに戻すのだ」
「かしこまりました。すぐに人をやりましょう」
落人の気配が消え、俺は崩れ落ちるように前のめりとなった。
どうにか落人の前で崩れずに済んだ。それほどまでに脱力してしまっている。
「よかった・・・」
無事に戻って来たら何と声をかけようか。
謝るべきか?あのような危険な戦に連れ出したことを。
・・・いや、違うな。そのようなことを直政はきっと望んでおらぬであろう。あの男が望んでいることはおそらく・・・。
「よく生きて戻った」
これだけで全て伝わる。そしてそれ以上は何も変えぬ。
俺はずっと待っているのだ。故に早う帰ってこい、直政よ。
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