404話 謀反の嵐
二条御所 織田信長
1576年冬
「畿内を順調に抑えているというに、事態は良い方向に転がらぬな」
「私の不手際によるものにございます」
槇島城を出た細川昭元は朝廷に向かった後、二条御所に陣取る俺達に合流した。以降は義昭を追放し、今川より義助を迎え入れる用意を進めるはずであった。
だが問題は別の場所で起きたのだ。
「
「赤井忠家様は背中をつかれた形となり討ち死。さらに赤井家の居城であった黒井城も波多野家の離反に同調した者らによって乗っ取られております」
「丹波を如何するかは直正次第であるな」
「はい。ですが丹波の大部分が殿と敵対する道を選んだ場合、流石に赤鬼と称される直正様でも厳しいかと」
「・・・そうなれば援軍は出さねばならぬ。だが丹波攻めは骨が折れよう」
彼の地の統治はかつて勢いのあった三好ですらも失敗しているほどである。長政の元に留まっている内藤宗勝は、丹波の国人の1人であった内藤家を継ぐことでどうにか統治を成功させようとした。
だが結局のところ余所者であることに変わりは無い。
松永による畿内での影響力を広げたくない思惑のあった三好家は、裏で赤井直正を支援していた。そしてまんまと宗勝はその地位を追われたわけである。
だがその際、真っ先に三好と接触したのが赤井家であっただけで、力量で言えば波多野が丹波の国主となっていてもおかしくはない力関係ではあった。
それがよりにもよってこの時期に暴発したこととなる。奴らが赤井家から離れようとしているのは反織田を掲げるが為。つまりはどう転んでも俺達の敵であることには変わらぬのだ。
「直正様は崩れかかった赤井家を支えるため、黒井城以外の城の掌握に動いております。直正様本人は現在朝日城にて機会を伺われているようで」
「心配せずともすでに光秀を向かわせている。しかしそうなると山名を分断出来ていたのはまことによいことであった。一色だけでは若狭にちょっかいをかけられぬで」
「槇島城攻めは如何いたしましょうか」
「もう少し焦らしてやれば良い。奴らも丹波の国人らの動きに動揺しておろうでな」
元々義昭派を名乗って挙兵した直正であるからな。義昭は大層この事態に驚いていることであろう。
そして最早波多野らが何を言っても信じぬであろう。
直正はより容易く俺に寝返りやすくなる。全ての原因は他の寝返った者達にあるのだから、普通であれば声を大にして直正を否定することなど出来ぬ。だが奴は普通ではない故、その辺りはどうなるか。
「では我らは」
「朝廷の機嫌を伺っておればよい。俺が槇島城を攻めるのは、全ての不安を取り除いた後である。これまで散々苦労させられたのだ。最後くらいは俺と同じ思いをして貰いながら、その地位を退いて貰うつもりである」
「なるほど・・・。では我らはそのように動かさせていただきます」
「うむ。朝廷との関係維持は任せたぞ」
昭元は下がっていき、残る者らは険しい表情で俺を見ていた。
「勝家、能登での働きはよきものであった」
「有り難きお言葉にございます」
「今の話を聞いていたな?」
「はっ!我らはこれより丹波へと入り、赤井家に敵対する者らの背後を突いてやります」
「奴らは京を押さえる俺達の事を十分に警戒しているはずである。だがそれすらも無駄な抵抗であることを思い知らせてやれ」
「かしこまりました!」
「利家、お前も勝家に従い丹波へと攻め入れ」
「わかっ・・・、かしこまりました。必ずや手柄をあげて戻りましょう」
勝家に睨まれた利家は口調をただして頭を下げた。そして勝家に従う者らも2人に合わせて頭を下げる。
俺から始めたことではあるが、確かに距離は生まれたように思えた。それも仕方が無いことであるとはいえ、僅かに寂しいことであるとも思う。
だが仕方ない。そう思うとしようか。
「足らぬ物は堺を通じて取り寄せる。奴らはついに本願寺からの物資搬入の要請に対して正式に断りを入れた故、安心して頼ることが出来よう」
相当に揉めたようであるが、堺は本願寺の要請を断り毛利との取引も断った。完全に織田に付き従う意向を定めたと言っても過言ではない。
それを先導した者の名は
伊勢でいくつかの港の自治を認めているが、それに関して大きな問題が生じているわけではない。
有事の際に協力さえすれば、それだけでも十分に奴らは役立つのだ。
「では早速。火薬が残り僅かにございます。一度足さねば、多く抱える戦線に行き渡らぬかと」
「火薬だな。ではそれも頼もうと思うが、それよりも良いものを買う用意もある」
「と申されますと?」
「先日紀伊の畠山が俺に頭を下げたことで、雑賀衆との関係にも変化があった。これまでは動向不明であった畠山を南に抱えていたために、中立を表明していた奴らではあるが、以降は畿内平定に協力するとのことである。よってあの地からも物を買うことが出来よう。手始めに今川へと大量に売っている攻城用の大筒を取り寄せようと思っているのだ」
「たしか国友では」
「彼の地では火縄銃の品質の向上を目指しているのだ。それも雑賀に劣っている現状、他の物を作る余力など無い」
「では初めて我らは攻城用の大筒を手にするわけにございますか」
「そうだ。それを丹波で初めて使用する。良ければいくつか数を揃えて、今後は織田家中でも運用していくこととなるであろう」
だが国友の連中には上手くいっておかねば不満を抱こうでな。その辺りは長政に言っておかねばならぬ。
「とにかくじきに義継がこちらに寝返ろう。それまでに丹波をどうにかせよ」
「かしこまりました」
南から攻める者らの大将を勝家とした。北からは光秀が攻め寄せる。
京の大部分を抑えたことで、こちらの兵には余裕が出来たのだ。丹波の奪取は畿内平定において必須条件ではあるが、果たしてどうなるか。
だが必ずや本願寺はこの丹波の動きに介入してこよう。
もはや和睦などないものとなった。もう奴らはうって出てこぬであろうゆえ、それだけはまことに厄介であるな。
「奴らの働きに期待するほか無いな」
ここまで来て他人に頼らねばならぬとは・・・。いや、それも仕方なきことなのであろうな。
京九条屋敷 九条兼孝
1576年冬
「如何されました、父上」
「そのような顔をするでない。麻呂も困ってここにやって来たのだ」
「そうでしょうとも。かつて父上がお慕いしていた義昭殿ですが、じきに織田殿によって討伐、もしくは追放されることとなりましょう」
「それは困る!麻呂の立場はどうなるというのだ」
「そのために参られたのでしょう?して父上は如何されるので?義昭殿がその地位を追われれば、父上も今のままではおれますまい」
「それは・・・」
父上は黙ってしまわれた。
ですが父上が助かる道はたった1つしか残されていない。それが義昭殿派の筆頭であった父に残された選択である。
「私を次期関白へと主上に推挙してくだされ。京を、いえ畿内を押さえるのは織田家にございます。織田殿と懇意にしている麻呂であれば、父上をお助けすることが出来ましょう」
「最初からそれが狙いであったか!?」
「最初も何も・・・。麻呂は最初から織田殿を頼りにしておったのです。義昭殿は謂わばついで。それに」
「・・・朝廷内でとある噂が広がっておる」
「・・・」
「義助殿が今も生きているという噂がな。それも織田殿や今川殿の協力のもと、どこかの地で保護されていると聞いておる。このこと、織田殿に最も近しい公家であるお主が知らぬ訳もなかろう」
父上の目は怒りで震えていた。これでは何のために父上が関白になったのかが分からぬ。そういわれたいのであろう。
しかしそれも最初から決まっていたこと。知らなかったのは義昭殿に近しい者達ばかりで、すでに公家の大半はその話が事実であると把握しており、実際に人まで送っているのだ。
「織田殿より聞いておりました。そしてその先の話まで」
「その先の話?それは一体・・・」
そんなとき、わずかに部屋の奥が騒がしくなる。襖が開き、部屋に入ってこられたのは養父である稙通様であった。
「それも知らぬようでは関白は務まらぬぞ」
「これは・・・。お久しぶりにございます」
「久しいの、晴良よ。して話を戻すが、おぬしは確かによくやった。京に戦火が及ばぬように、奮闘したように見えたわ。ワシにもな」
「有り難きお言葉にございます」
「だが所詮はそこまでよ。主上の身を守ることは出来ていたが、朝廷が本来果たすべき役割を全うしていたとは言えぬ。そもそもおぬしが本願寺との和睦を押し進めたのは何故であったか」
「それは・・・」
父上は言葉を詰まらせた。
最初に稙通様が申されたように、父上のお働きぶりは一般的に評価されるべきものである。であるがその動機があまりによろしくない。
京を戦火から守るため。それは後ほど付け足されたものであり、本当はそうでは無いのだから。
「顕如のためであろう。そして恩のある義昭殿からの願いともあれば断れぬか。そこに主上のご意志はまことにあったのであろうかな」
「・・・」
「関白は他の者に譲るがよい。それを兼孝にするようにはワシから求めはせぬ。だが誰が相応しいのか、よく考えるのだな。ワシはしばらくこの地を離れることとなろう。事の成り行きは下向先でゆっくり確認させて貰う。おぬしらの判断を楽しみにしておるで」
そう言って出て行かれた。
「兼孝」
「はっ」
「父は間違っていたか」
「麻呂からは何とも言えませぬ。ですが稙通様のお言葉通りに思えてしまったのもまた事実にございました」
「・・・そうか」
父上は帰られた。寂しげな背中を麻呂に晒しながら。
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