356話 関東仕置き

 江戸城 一色政孝


 1574年秋


 結果的に言えば佐竹ら北関東諸大名らは全面的に兵を退いた。

 関宿城での総崩れの様を忍びを用いて敵方で広めたわけだが、そちらの効果がどこまであったのかは不明である。

 それよりも陸奥方面の状況が響いたという方が正しいかもしれない。

 蘆名家による東進と、もし史実通りであれば伊達家は最上に兵を出している頃であろう。

 所謂天正最上の乱である。

 陸奥での動きを、佐竹らが無視出来なくなった可能性は十分にあり得た。


「みな、此度の戦ご苦労であった」


 江戸城の広間には多くの家臣らが集まっていた。

 このような景色を見るのは久しぶりだ。今川家の領地が広まり、新年ですらもこうして主要な方々が一堂に会することが無くなっていた。

 久しく顔を合わせる方までいる始末。

 氏真様が上座に座られると、今川家臣は部屋の両脇にズラッと並んだ。かつては一門衆の末席だった俺も、今では筆頭の座。つまり一番上座に近い場所に座っていた。

 隣は氏詮殿で、正面は泰朝殿だ。

 そしてそんな我らに挟まれるように、氏真様の正面には北条家の主要な臣らと山内上杉家の方達が座っていた。当然一番前に座っているのが北条氏政と上杉憲景、そしてその背後には北条一門や両家の重臣が続く。


「佐竹より人があり、此度の戦はこれで終わりである。北条領の分割に関しては、房総半島は同盟方に、その境界は国府台城にあるものとされた。つまり実効支配している地をそのままそれぞれの持ち分とされる。下総の北部は全て今川家の領地となったわけである」


 今川からも北条旧臣からも安堵の息が漏れたような気がした。

 だがこちらは多くの兵を動員して北条領の切り取りに動いたのだ。陸奥方面の動向を気にしてまともに兵を動かせなかった佐竹らが駄々をこねなかったのは、当然であるとはいえ、安心した。

 おそらく房総半島は里見と千葉で分け合うであろう。


「北条について、みなに改めて伝えておく」


 未だその全容を知らない俺達は、氏真様の言葉に息を呑んだ。

 急ぎ下総の救援に向かわなければならなかった身としては、降伏に関しての詳細を知ることが出来ていないのだ。


「氏政には家督を譲ってもらい、麻呂がその身を預かる。また嫡子であった国王丸は廃嫡とし、同様に麻呂が預かることとする。北条は次子国増丸を麻呂の猶子とした上で継がせ、今川の家臣として今後は励んで貰うこととなるであろう。だが未だあの者は若い、故に麻呂の相談役である氏俊を側に置く。小田原城と周辺に領地を与えるつもりである」


 すると泰朝殿がその言葉に付け加えた。


「北条家臣団は一部を除いて解散。新たに殿に仕えるもよし、他家に仕えるもよしにございます。今であればまだ追うことはいたしませぬ。ですがこれ以降であれば・・・。故によく考えていただきたく」

「そういうことである。だがこの場で麻呂と共に歩むと決めた者達には、ある程度の感謝の意は伝えようと思う。例えばかつての領地を可能な限り与えるといったような」


 ザワザワと声が僅かに聞こえる。

 だがその前に俺から言っておかなければならないことがあった。それは此度の武蔵侵攻において、危険を承知で俺達に協力してくれた者達のことだ。

 特に利根川渡河の際に起きた寝返りの連鎖は、確かに俺達へ流れを引き寄せるきっかけにはなったが、あれも一歩間違えればいくつも家が滅んでいた可能性がある。


「1つ私からよろしいでしょうか」

「うむ、政孝。此度の戦の功績はまたそなたが一番であったと言っても過言ではない。何でも申すが良い」

「はっ。まず此度の功績であれば私など何もしておりません。我ら信濃衆が北部から侵攻出来たのは、多くの力強い味方が出来た故の事にございます」


 あえてこの場で寝返りをした者達を称するのは、その者達が今後不憫な思いをしないためである。

 今や一門衆の筆頭たる立場を手にした俺が、周囲に釘を刺しておけば不忠者と陰口をたたかれることも多少は減るであろう。そして俺がその者達に感謝しているという言葉があれば氏真様も蔑ろには出来ない。最早そこまで俺の力はあるのだ。それはうぬぼれなどでは決して無いと断じて言える。


「その者らの領地を安堵していただきたく思います」

「ふむ、政孝がそう言うのであれば無視出来ぬな」

「ありがたきお言葉にございます。また此度我らに協力した佐野家にございますが、改めて人が送られてくるとは思うのですが、彼の者とは友好的な関係を築いて頂きたく思います。それが我らに協力をする条件にございました。そしてそれをこちらが守るだけの功績はあげられております」

「よくわかった。佐野家との関係も悪いようにはせぬ」

「ありがとうございます」


 と、まぁ北条にも俺という存在を知らしめる目的をついでに達成しておいた。

 関東方面ではあまり俺の知名度は高くないようであるからな。氏政が俺に子女らを任せてきたとき、何と無くそんな予感がしていた。

 そんなとき、手を挙げる者がいた。

 氏政の隣に座っている上杉憲景である。


「如何された、憲景殿」

「はっ。此度の戦で我らは痛感いたしました。私では上野を維持するだけで精一杯。むしろこれまで私に従わなかった者達は、今川様のご家来衆に付き従ってその力を存分に発揮しておりました。私では自力を以てしても上野全土を守ることは出来ませぬ。故に我ら上杉家も今川様の庇護下において頂きたく思います」

「それは上杉家の総意と受け取ってもよいのであろうか」

「はい。すでにみながそれを求めております。また上野の全土統一に向けて動いた際に、強引に我らのものとした沼田は越後上杉家に、信濃との国境部の一部は今川様にお返しいたします」


 これは本気だ。

 上野防衛の要を全て手放すと申している。

 沼田城を上杉家が受け取るのかは不明であるが、彼の地を抑えておくことは越後を安定させる上では割と有りかもしれない。


「・・・だがそれでは足りぬ」

「追って人質を出しましょう。それでどうかよろしくお願いいたします」


 そこまで考えてのものであったか。武田家のように婚姻によって結びつきを強く持つのも1つであると思うが、未だ若い憲景。そして他の同族はことごとく越後へと逃れ、憲政とその子らは国外へと俺が追放している。

 だからちょうど良い女子がいないのかもしれないな。


「ならば良い。今後は山内上杉家も麻呂が守ると約束しよう。だがそうであるとすれば、関東管領としてその任を全うすることは出来ぬの」


 氏真様はそう言って俺に話を振られた。

 俺が最も幕府を毛嫌いしていることを知っての事であろうが、そんな感じで振られれば俺の言葉は止まりそうに無い。

 グッと堪えて軽く頷いて、少し鬱憤を晴らす程度に収める。


「たしかに。公方様はどうやら我らのことが気に入らぬ様子。事実再三の邪魔立てをされております。聞けば此度の戦も、越後上杉家を用いて我らに脅しをかけようとしたというではありませんか。上洛には多少なりとも協力したというのに、まことにやるせない思いにさせられます」

「そういうことである。関東管領職は公方様より任じられる役職である故、きっとこれまで通りにはならぬであろう」

「ではこの任を辞するよう幕府に人をやります。最早あって無いようなもの、辞しても何ら困りませぬ」


 しかし氏真様が幕府を見限るのもなかなかの痛手であると思うが、代々関東管領職を世襲した山内上杉家すらも、その任を辞するとは。

 本当に幕府の存在意義が無くなってきた。


「ならば麻呂が間に立つとしよう。公方様が何を申されても、今川が守る故、遠慮無くやれば良い」

「かしこまりました」

「さて、これで良いであろうかな」


 その後、領地の分配がされる。

 武田家はその功績と被った被害を鑑みて、武蔵の西部を分け与えられることとなった。単独での切り取りに限って領地の切り取りを認めるとされていたが、最早両家の関係は良好となっている。

 未だ沿岸部が与えられぬ故、物流の主導権を武田が握ることは無いがそれでも武田に対する配慮が見えた。

 また上野西部の山内上杉が手放した地は飛び地にはなるが信濃衆の管轄とされた。誰かを入れるよう考えなければならないな。

 そして北条領に関しては、優先的に寝返った者達が領地を与えられ、大部分が今川に残ると決心した北条旧臣を空いた土地へと入れる。

 古河城にはそのまま氏邦が入るようだが、江戸城は家康に与えられるようだ。これは事実上小田原方面における功績第一であることが理由である。

 だが当然他の方々にも分け与えられた。

 玉縄城には同じく三河衆のまとめ役であった長照殿が、戦略的要所では無くなった引馬城から岩付城へと元信殿が移動することとなる。

 武蔵の上役は事実上元信殿、相模は長照殿になったわけだ。両国をまとめ上げることは非常に難しいであろう。反発は今後も有り続けるであろうからな。

 だが北条の旧臣や民をまとめ上げなければ、次に起きるであろう戦に勝つことは出来ない。俺達信濃衆は全面的にバックアップをする必要がある。


「しばらくはゆっくり休むが良い。麻呂も戦が起きぬよう、各方面には配慮するであろうからな」


 とのことだ。ようやく帰ることが出来る。

 本当に今年は長かった・・・。まだ秋であったわ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る