351話 一貫性の無い動き
松山城 一色政孝
1574年夏
城に戻ってきたとき、俺を待っていたのは由良成繁殿と成田泰親殿だった。
「兄が城を明け渡し、降伏したとのことです」
「そうでしたか。して、氏長殿は果たして何を選ばれたので?」
「成田の家を某に託し、隠居すると。それで成田家が生きながらえることが出来るのであれば、喜んで当主の座を譲ると申されたと」
「それはまたずいぶんな覚悟で」
弟である泰親殿が早々にこちらに寝返った。
成繁殿や泰親殿の話では、随分と前から成田家もろともの寝返りを画策し、当主である氏長殿を説得していたようだ。
だが氏長殿は首を縦に振らなかった。
成田家としては最後まで北条に付き従うつもりであったのであろう。一時ではあったとはいえ、その覚悟を持って籠城していた。
だからこそ、成田という家が今川家に仕えるのであれば家督を泰親殿に譲ろうと決心したのだと理解した。
「ですが兄にはすでに子がおります。今後成田の家が分裂する危険もあることを考えれば、某に当主の座を託すなど得策では無いように思うのです」
「では早々にその子に家督を譲っていただいて、後見に今川に心を寄せる者を付ければよい。・・・と思いましたがそれも問題を増やすだけでしょう。これに関しては追々考えるものとしましょうか」
しかしよくもまぁ、降伏に踏み切らせたものだ。
城を攻撃して心を折ったのか、はたまた説得役として送り込んだ成繁殿の奥方がやり手であったのか。
どちらにしても上々の成果だ。
「成田家による降伏であったため、周辺のいくつかの城も同時に今川様へと降っております。また武蔵小田家の旧領も含まれておりますので、その支配は下総すらも目前としております」
「・・・それは良くないな。下総を守る氏邦を刺激してしまう」
成繁殿より頭が痛くなるような話を聞いていたとき、重治が大量の報告書を持って俺の前に現れた。
「こちらが関東各地の戦況にございます。先に目を通させていただきましたが、大方優勢に事は進んでおり、戦の終わりも目前であるやもしれません」
「それは良い報せだな」
重治より受け取った俺は、そのまま目を通す。
内容に問題が無いものは、目の前に座る両者にも見て貰った。
「そうか、水軍衆は三浦半島への上陸を果たしたか」
「一部はそのまま北上し、彼の地を完全に抑えるべく動いているようにございます。そして水軍衆は別の地への上陸作戦を実行すべく、用意を進めておられるようで」
「そして小田原方面も優勢だな。家康らが暴れているようだ」
相模方面も、正面の今川本隊だけ見ている内はむしろ自分たちの庭で戦っているような感覚である分、ある程度は優位に戦えたのであろう。数で劣っていようとも一進一退の展開に持ち込めていた。
だが三浦半島にこちらが上陸したことでそちらにも兵を割かなくてはいけない。放置していれば居城としている江戸城がどんどん危険に陥る。
そして野戦に関して無類の強さを誇る三河衆をここで動かしたのが何よりも大きい。もはや北条による小田原城の奪還は不可能のものとなったであろうな。
「それに比べて甲斐方面からの進撃は難しいか」
「由井城にて完全に足止めを喰らっております。色々試されているようにございますが、甲斐からの支援も難しくなかなか難航しております。唯一の救いは激しい攻撃によって多少なりとも北条側に被害が出ていることにございましょうか?」
「同時にこちらにも被害が出ているがな」
だが多少でも氏照ら甲斐方面を対処する部隊が削れているおかげで小田原方面から兵が抜かれている。
氏政からしても甲斐から抜けられるとそっち方面を守る術が無くなるからな。
氏照への支援は欠かさぬであろう。
そしてそれらに加えて、先ほど泰親殿らから聞いた成田家の降伏。忍城とその周辺の支城、それと泰親殿の叔父が養子として入っていた武蔵小田家の旧領もこちらについた。
あと気になるのは・・・。
「成繁殿」
「粟原城でございましょうか?」
「はい。この城を任されている者は一体何者なので?」
「城主である大内某は、粟原城の側にある鷲宮神社の神主家に連なる者にございます。少し前は小山家の管理下にあったのですが、前の北条家の御家騒動の際に周辺国に攻められ大名家としては滅びました。その隙をついて、再び城を支配下に置いたのです。彼の地はその立地により、佐野家同様どっちつかずの態度を示しておりましたが・・・」
「高広殿に接触している様子を見るに、こちらに付く算段を立てているのでしょうね。ちなみにこの城、どの辺りにあるので?」
「古河御所跡地のすぐ南に位置しております。彼の地の動き次第では、下総に滞在している北条に攻め込まれる危険もありましょうな」
報告書の最後には簡単な城の位置関係が記されていた。
たしかに成繁殿の言うとおり、粟原城は利根川を挟んだ向かい側の場所に位置している。
本当に目の前。
「高広殿に迂闊な真似はしないよう伝えるほか無いか。今は味方には出来ぬ」
ちなみに武蔵小田家の旧領もそれに近しい場所にある。
武蔵小田家が居城としていた騎西城には、史実の秀吉による小田原征伐の際に石田三成が攻めあぐねた忍城城代成田長親が入っているという。
嬉しいような、怖いような。
そんな微妙な感覚が俺の中で交錯している。もし古河城にいる氏邦がこちらに兵を向ければ、今計画している河越城攻めは延期だ。
すぐさまそちらに兵を出さねばならぬであろう。
忍城が再び北条の手に落ちれば、籠城しかしてこなかった成田家と違って城からもうって出る氏邦が指揮を執ることとなれば、俺達がこれ以上南に進むのは危険すぎる。
「城の守りを固めるよう人を送ろう。それに合わせてお二方にも援軍に向かって貰います」
「我らがにございますか?」
「あちらには由良家の方々も成田の方々も居りましょう。信濃から連れて来た誰かを送り込むよりよほど有効であるはず。また地の利があるため、守りも多少は容易なものとなりましょう」
それに氏邦だってこちらにばかり目を向け、兵を向けるわけにもいかないはず。
未だ兵力を温存したままの佐竹・宇都宮が背後に控えている今、奴らに隙を見せれば一気に下総は北関東の大名らに獲られかねない。
・・・だからこそ早々に北条家に降伏して貰いたいのだがな。これ以上は何もうまぬ。
氏政はおそらく小田原城を奪還してから、と思っているのであろうがこれ以上は不毛であるようにしか思えない。
北条家の家臣らはみな死ぬ気で戦っている。だからこそ余計にタチが悪いのだ。
「かしこまりました。兄上の窮地、某が必ずや救ってみせます」
「お願いいたします。彼の地は我らにとっても重要な地域。落ちれば我らが窮地に立たされます。終わりの見えた戦が再び振り出しに戻ってしまうことも考えられますので」
「はっ!」
そして最後の報告書だ。
「・・・房総方面を任されていた氏規が兵を引き上げたと?」
「国府台城まで兵を退いて、その地で同じく下総を守る北条氏邦と共に防衛線を築いたようにございます。里見と千葉両家は以西への攻撃に手こずっているようで」
「国府台城を抜ければ江戸城も目前。北条も必死になるであろう」
まさに背水の陣だ。
だがそれは逆もまた心理的な部分が見える。
里見や千葉は自分たちが江戸城落城の最大功績を得る欲に目がくらみ、周りが見えなくなっているのでは無いだろうか?
だから両者国府台での悲劇を繰り返す可能性は十分にある。俺としてはその場でどうにか停滞してほしいものだ。目がこちらに向かぬ故に。
「しかし・・・」
「殿?」
「いや、北条の狙いがいよいよ分からなくなってきた。房総方面も捨てたと言うことであれば、一体何を成そうとしている。小田原城を奪い返すことが目的であるのであれば、他の地はどうでも良いと?北条家の古くからの家臣達は身命を賭してその地を守っているのだ。やっていることがよく分からない」
「それは私も考えておりました」
「それに氏政殿の動きには一貫性が無いように感じる点が多々ある。御家騒動の終幕頃から徐々に表れているように思えてならない」
だがこれも考えるのは後か。
そろそろこの戦にケリを付けなくてはならない。あまりに不毛なこの戦にな。
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