336話 雑賀の商売相手

 大井川城 一色昌友


 1574年冬


 殿より驚きの話を聞かされたのが昨年末。畿内にて織田様や公方様に対して大規模な反攻を行われた三好家。

 三好家に担がれるように、共に戦った足利義助様を織田様が捕らえられた。当然両者は敵対関係にあたる。その先は言わずとも、と思っていたというのに事態は誰もが想像出来ない方向へと進んでしまった。


「まさか今川様の元で匿われるとは・・・」

「安心されよ。俺も驚いた」


 そして私の正面にて、深く頷いておられる御方達。

 今回義助様の護衛として駿河へと同行された織田様の家臣であり、ここしばらくは今川様との交渉役に抜擢されている林通政様。

 それと強力な傭兵集団として日ノ本中に名を轟かせ、昨年には本願寺を支援する根来衆を全面降伏させ、紀伊北部を完全に押さえた雑賀衆。その筆頭の1人である土橋守重殿が座っておられる。

 殿は現在広間にて義助様や少数であるが共に駿河へと向かわれている幕臣の方々とご歓談中であり、私がこの場を任されることとなったわけなのだ。


「しかし我が殿は相変わらず突拍子も無いことを申されます。先日義秋様を公方として擁立したばかりだというのに」

「ですが今川様もまたそれに賛同されたとか。殿はそう申されておりました」

「そうなのです。この話をお願いした際、最初こそ困惑されておりましたが、すぐに承諾したと申されたのです。失礼にもついつい聞き返しそうになってしまいました」


 茶を飲みながら林様はそう言われた。

 対して最初こそ言葉を発されていた守重殿は無言で茶を飲まれている。


「して京の様子をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「問題ありません。むしろ寄る城寄る城全てでその話をして来るように命じられておりますので。最も信頼している盟友である今川様や、そのご家来衆の方々にも状況を把握していただきたいのです」


 そう言って通政様はまた茶を飲まれる。きっとこの地が寒いからであろう。

 2人とも火鉢との距離が近かった。だがまだ近寄ろうとしている風である。


「昌成」

「はい。父上、如何なさいましたか?」

「火鉢をもう少し持ってきなさい。部屋の四隅に置いてもう少し温かくなるように」


 昌成は何を、という表情で部屋を見渡した後、お二人の様子を見てようやく理解したらしい。

 慌てて頭を下げて襖を閉めた。


「気を遣わせてしまいました」

「なに、この地はまだ良い方であると殿は申しておりました。少し前までは高遠城におられたのですが、あちらはさらに寒いと。正直火鉢などではどうにもならぬと」

「それほどまでに寒いのですか?それは大変にございます」

「俺も信濃から要請があっても行かぬと決めた」


 未だ震えの収まらぬ様子の守重殿は、強く決心されていた。

 しばらく待っていると、昌成が他の者達を連れて部屋へと火鉢を持ってやって来た。別で用意していたのであろう炭を鉢の中へと移して部屋をあとにする。


「昌成、しばらく大事な話をする。故に部屋へは誰も近づけないように」

「はっ!しかし誰も、にございますか?」

「その通り。ただし殿は別とせよ」

「かしこまりました。外におりますので何かあればお声がけください」


 再び閉まり、部屋は一気に温かさを帯びてきた。こう締め切られた空間で、これほど火鉢を用意すれば多少は指先の寒さによるしびれも無くなってくる。


「さてではそろそろ我らも始めましょうか」

「ようやく口が開ける。寒くてどうにも顔の感覚がおかしくなっていたからな」


 守重殿は自身の顔を手で引っ張られると、わずかに体勢を楽にして私に話しかけられる。そして林様もまた真剣な表情でその様を見られていた。


「まず最初に断言しておく。あれは襲撃されたために壊れた欠片では無い」

「つまり?」

「あれは暴発が原因だ。考えられることはいくつかある。過剰な火薬の使用か、元々抱え大筒に不備があった、などである」

「なるほど」

「そしてどちらにしてもあの欠片は雑賀で作ったものではなかった。本来であれば、あの部分には雑賀の刻印が彫られていなければおかしい」

「なるほど・・・」


 市川の者達が申していたのは事実であったということか。これで雑賀の関与が無くなったことで、上杉様は我らを疑うことを止められるであろう。

 いやそれでは弱いか?まことの黒幕を探らねば、納得されぬ事も考えられる。


「そういえば雑賀では今どこに火縄銃やらを売っているのか聞いてもよろしいでしょうか?」

「構わぬ。重秀殿より許しは得ているのでな」

「ではお願いします」

「おう。まず現在雑賀より火縄銃やら火薬を買っているのは今川家の他に、海を越えた先、土佐国の大名である長宗我部家。他は小さな国の領主が大半か。あとは大和の領主らも買い付けにやってくるな」

「長宗我部・・・。たしか織田様と共に三好家へと攻撃されたと聞いておりますが」

「その通りだ。しかし織田家と比べて勝ち方に派手さは無いが、長宗我部家の当主は用意周到な男だ。あっという間に讃岐と阿波を手中に収めた。裏での手回しが見事なこともあって、両国にて三好本家から独立を果たした阿波細川などからの反発は異常なまでに少ない」

「なるほど。それは頼もしい味方があったのですね」


 私が林様にそう言葉を発すると、微妙な表情で頷かれた。


「だがこの先はどうなるか分からぬ。ここ最近長宗我部からの買い付けが多くなっている。戦の支度であろうな。果たして次はどこに向かうのか・・・。有力なのは伊予の河野であるといわれている。奴らは毛利と手を組んでいるからな」

「なるほど。あちらの状況は今あまり入ってこぬので、ありがたいことです」

「やはりこちらでも例の政策の影響を受けているのですか?」


 林様は控えめにそう話に入ってこられる。

 あの政策とは、毛利家と河野家が共同で行っている海上封鎖。とは流石に公言していないが、両国の間に位置する海域を船にて航行する場合、莫大な通行料を支払わねばならず、さらには積荷まで確認されるのだという。

 これはおそらくよからぬものを領内に運び込ませぬ政策なのであろうが、おかげで随分と寂しい海になったと商人達が嘆いていたことを思い出す。


「とある方の話では毛利は豊後の大友に物を入れられたくないとのことです。しかしあくまで風の噂ですので何とも」

「大友家とはそれほどなのでしょうか?」

「話に聞くところでは一色殿同様、随分と商人の優遇に力を入れられている様子。元々は堺の豪商らを優遇し、領内に潤いをもたらしていたようですが、その後支配地域を拡大すれば、その地の豪商らをも取り込み随分と発展しているとか」

「毛利としては背後を脅かされているために海上を封鎖し、商人の往来に歯止めをかけたわけですか。・・・おかげで我らにまで影響を与えられていると思うと、まことに厄介な話ですが」


 私がため息を吐くと、苦笑に近い笑いを2人は溢される。同情されているのか、武士であるにも関わらず金を気にしすぎであると笑われているのか。


「話が逸れたが、それらが今雑賀で取引をしている者達。そして過去には織田家や浅井家、それに本願寺なども近隣では買い付けにやって来ていた。だがここ最近はさっぱりだ。先2つが国友に力を入れているのは分かるが、本願寺は根来が滅んだ今、どこから買い付けるのか」

「その他にもあるのでしょうか?遠方の国では」

「その物言い、何か知っているのであろう?」

「その通りです。我らが抱えている商人が申しておりました。雑賀には、というよりも様々な産地で火縄銃を買っている大名家があると」

「確かにある。だがあれは客では無い」

「・・・どういうことでしょうか?」


 この話題に触れた途端に、守重殿の表情は険しいものへと変貌した。触れてはいけないものに触れてしまったのであろうか?だが一体何が守重殿をこうまでさせるのか。


「奴らは不完全な品を買い求めてきたのだ。その分安く売って欲しい、と。当然そのようなことは出来ぬと断った。雑賀で作った火縄銃が売った先で何かあっては困る。それは雑賀の評判に関わる上に、鍛冶職人達の信用にも関わる。それだけは決してしない、と」

「では売らなかったのですか?」

「さんざん駄々をこねていたが、断固として拒否していた。するとある日、突然売りに出していた火縄銃と抱え大筒をいくつか買って帰っていったわ。以降雑賀に来ることは無くなったがな」

「して、それはいつのことで?」

「忘れた。随分と前のことではあったが、詳しくは覚えておらぬし、思い出したくも無い」

「ではせめてその大名家の名だけでも」


 一瞬宙を仰いだ守重殿は、ため息を1つはいて答えてくれた。


「常陸の佐竹。奴らは自国内で火縄銃を作ろうとしていると聞いた。だがそのために安く使い物にならぬ物を買い漁ろうなど、とてもでは無いが了解出来る話では無い。悪用されても困る故な」


 やはり佐竹の名が出て来た。源左衛門のいっていたことは間違いでは無かったということか。


「教えていただき感謝いたします」

「構わぬ。此度我らの名を出されたのは、おそらく蘆名に信用させるためであろう。我らは火縄銃を売り込むために、各国で戦っているのだからな。それが悪い方向へと転がったということ。そしてこの事実、雑賀衆としては到底認められぬ」

「殿には伝えておきましょう。もし今回の一件に関する責任を問う問題が発生したとき、必ずや雑賀の方々にお声がけさせていただきます」

「頼む。その時は無償でやってやる。我らの名を落とした大馬鹿野郎共に後悔させてやらねば気が済まぬわ」


 そう言って手にしていた湯飲みを強く床に置かれた。わずかにピシッという不吉な音が鳴り響く。

 守重殿はゆっくりと音の出所から手を離されると、湯飲みは見事なほどに割れていた。


「・・・力を込めすぎてしまったようだ。これで弁償しておこう」


 そう言って懐より大量の弁償金を支払われる。決してそのような高価な品ではなかったが、気持ちを無下にするのも悪いと思い気持ち受け取る。

 林様は呆気にとられた様子でその様を見られていた。


「この湯飲みにはそれほどの価値があるので?」

「いえ、ですがこれだけ差し出されて、少ししか受け取らなければ失礼に当たりましょう。諸々を込めた分がこちらにございます」

「・・・ここにいると金銭感覚が狂います。それほど高価な品で茶を飲んでいたのかと、心の臓が痛くなりました」

「ご安心を」


 核心に触れた私達は、殿達の話が終わるのを歓談をしつつ待っていた。

 3日後までこの城に滞在された義助様は今川館へと向かわれる。明日接待をするのは殿では無く私とされている。

 さてどこをご案内したものか。

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