330話 一時の共闘

 太田城 佐竹義重


 1573年冬


「蘆名は何と言ってきた?」

「佐竹は信用出来ぬ、と言われ城を追い出されました」


 対北条同盟の使者として送り出した岡本禅哲はそう言った。何事もないように言ったのは、端から蘆名がこの同盟に乗ってこぬ事を分かっていたためである。

 だが一応背後の心配はある。

 これから北条を攻めようというのに、北に蘆名と伊達を背負ったまま戦うはあまりに不安である故な。


「ならば仕方あるまい。まさかあの貴重な抱え大筒を雇い入れた外の者達に使用させるとは思ってもみなかったが、誰が使ったにしろよい成果を得ることが出来た。そうだな、昭為?」

「はい。しかし改善の余地があったにしろ、雑賀の抱え大筒には遠く及ばないという現実にも突き当たりました。我が領内で生産したそれらを戦で用いることが可能になるのはまだ少々先になりそうにございます」


 今回蘆名との交渉に動かした和田わだ昭為あきためは、眉1つ動かさずそう言った。

 しかしまさか周囲の船を巻き込むほどの爆発を起こすとは・・・。我らに被害が出る前に判明して良かったわ。


「だがこれで蘆名との関係修復はもはや叶わぬところにきたわけか」

「殿、それに関して私からもご報告がございます」

「報告?如何した、禅哲」

「はい。殿の妹君であられる樹様が、伊達との交渉にこぎ着けたようにございます。倅である顕逸けんいつが対蘆名における共闘を取り付けたと」

「それは真の話であろうな?」

「はい。伊達がまことに裏切らぬという保証はありませぬが、一応そのような形で話をしたとは聞いております」

「そうか、樹は上手くやったか」


 伊達晴宗の長子であり、樹の夫であった岩城親隆から実権を奪ったのは、あの男の養父である重隆が死んだ2年前。樹に命じて家中に親佐竹派閥を形成させ、わずかな隙を突いて家中の乗っ取りを謀った。以降は親隆は体調を崩していると対外的に公表し、代理という形で樹が舵を取っているわけだ。だが当然樹にも出来ることに限度はある。故に禅哲の倅である顕逸を岩城家へと送り込んでいるのだ。

 ただし親隆は伊達との交渉をする上で必要な存在であり、無下にも出来ぬ故生かしていたが、ついにその価値を示したわけか。


「これで我らは北条との戦に集中することが出来ます。義尚様によれば、近く宇都宮様が那須家への攻撃を開始するとのことにございましたので、蘆名以外の我らの敵もこちらを攻撃してくる暇はないかと」

「そうか、義尚には再び広綱の元へと向かわせるとしよう。前の戦の負けを帳消しにさせねばならぬ」

「かしこまりました。ではそのように」


 禅哲はそう言って頭を下げた。


「そういえば相馬に引き続き田村からも援軍の要請が来ておりましたが、如何いたしましょうか」

「先ほど申したとおりだ。岩城を介して伊達との密約がある故、手を貸すことは出来ぬ。だがその動きを蘆名に勘づかれて我らの関係を察されることがあってはならぬ」

「では結城家に援軍を出すよう要請をいたしましょう。ある程度の事情を伝えておけば、上手くやることも出来るでしょう」

「それで良い。しかし先代の当主は先日死んだと聞いておる。跡を継いだのは未だ幼き息子だ。急ぎ元服をし、今は義顕よしあきと申していたか?そやつに言っても無駄であろうで、後見しておる小峰こみね義親よしちかにでも話を通しておけ」

「かしこまりました」


 昭為が今度は頭を下げる。陸奥における交渉は基本この男に任せている。

 毎回俺の望む成果を持って帰ってくる故、安心して任せることが出来る。

 さて、あと俺が気にしなくてはならないこと。それは先日縁を切った北条のことである。

 里見は盟約通り千葉家の旧領の一部を胤富に返還した。その甲斐あって、北条領の東部を上手くまとめ上げることが出来ている。

 あとは上野の山内上杉家であったが、今川への依存が奴らは高すぎた。

 しかしそれも当然であろうな、我らは領地を接しておらぬ。ちょうど間にある佐野家は北条寄りであるが、相も変わらずふらふらとしておるし、ときに中立として関東の混乱から距離を置いてきた。

 越後上杉家が上野から撤退して以降は随分と平穏な日々を過ごしているようで何よりな話である。おかげで山内上杉家は我らの手を取ることはなかったが。


昌綱まさつなは相変わらずなのであろう?」

「佐野様にございますか?今は情勢を見極めているの一点張りで、同盟への参加は見送るとのことにございました」

「であろうな。そして万が一我らが攻めかかろうとすれば、間違いなく北条と手を結ぶのであろう?それが出来る故に奴らの扱いは慎重にならざるを得ぬ」

「触らぬ神になんとやらとも申します。現状佐野様は中立の立場を表明されておりますし、あの唐沢山城を落とすは骨の折れること間違い無しにございますので」

「それもそうであるな。だがどうもあの地が味方で無いとことが不気味である。北条を攻めるのであれば、な」


 そもそも我らが北条攻めに本腰を入れたとき、奴らが北条と手を組んで横腹をつかれぬとも限らぬ。


「厄介、か」

「まことに」


 禅哲が相槌を打てば、みなが同様に頷く。考えは同じであるが、どうにも出来ぬな。あれだけは。

 政虎殿ですら落とせなかった堅城である。

 迂闊な真似はするまい。


「今川からは何も申してこぬか」

「今のところは。里見様のこともございますので、何かしら行動を起こされるかとも思いましたが」

「我らの力は不要であるということか?」

「もしくは蘆名の一件。我らに対して疑いを持たれているか、でございましょうか?」

「上杉と同盟を組んだことを考えれば無い話でもないやもしれぬ。奴らは蘆名による襲撃であると目星を付けているようであるから、何らおかしな話では無いな」


 しかし手を結ぼうが結ぶまいが、どちらかが北条に攻め寄せればそれを好機と挟撃の形を取るであろう。むしろその先のしがらみとなりかねぬ同盟も密約も不要か。


「いずれにせよ春が来れば北条との戦である。各々抜かりなく支度を進めよ」

「かしこまりました」

「関東の覇権を我らで握るぞ」


 みなが頭を下げる。しかしようやくか。

 父の方針は小国の集まる陸奥への進出であったが、こうも北条が崩れるのであればと関東方面への進出に俺の代で舵を切った。

 伊達家の躍進に加えて、氏政とのやむを得ぬ同盟など色々あったがついに、だ。

 まずは下総、そしていずれは。




 丸森城 伊達輝宗


 1573年冬


「殿の御命であったとはいえ、岩城家からの要請を受けてよろしかったのでしょうか?」

「佐竹との共闘の話であろう?あれは必要である。陸奥における三国の均衡を破るには、どこかがどこかと手を結ぶ必要があるのだ。むしろ今は我らが孤立せずに済んでよかったと喜ぶところであるぞ、良直」

「そうなのでしょうか?ですが佐竹が必ず密約通りに動くかなど分かりませぬ。万が一我らの蘆名攻めの最中に攻撃でもされれば・・・」


 鬼庭おににわ良直よしなおは心配性である。だがそれ故に私の側近として側に置いているのだ。

 先走る癖のある私をいつも止めてくれる。この男の存在はそれだけ重要である。


「良直殿は心配が過ぎます。岩城の樹様はそう愚かな御方ではない。佐竹のために岩城家をすり潰すような真似はされませんよ」

「基信殿は楽観視が過ぎるのです」


 遠藤えんどう基信もとのぶは3年前より私の直臣とした。伊達家にとってあまりにも大きな功を挙げた故のことである。


「兄上のことは心配であるが、一応その身は安全なところにあるとのこと。どこまで樹殿の言葉を信じてよいものかは難しいが、今は敵を増やせぬ」

「しかし相馬家に続き、田村家までもが蘆名や佐竹に援軍要請ですか。佐竹は援軍を出さぬと想定したとして、蘆名は如何でございましょう?」

「奴らは随分と越後に執着しておる。おそらく佐竹に任せて、奴らは越後介入できる隙を虎視眈々と狙っておるのではないか」


 良直の心配は尽きぬ。だが蘆名に関しては大丈夫であろう。

 随分と我らを恐れているようである。

 奴らが二階堂を攻めた際はついにその気になったかと感心したが、私が伊達家の家督を継承したばかりということもあって、上手く介入することが出来なかった。あの時ほど自身の家臣を恨んだことはないな。中野なかの宗時むねときは今後何があろうとも許すことはないであろう。


「ではまずは相馬、そして田村」

「その通り。早う弟を助けてやらねばならぬでな」

親宗ちかむね様はよく耐えられております。佐竹が味方となることで、多少楽になれば良いのですが」

「そう願うほかあるまい。とにかく、冬を越せば我らは再び南陸奥の大名らと戦になるであろう。次こそは必ず奴らを滅ぼすのだ」

「はっ!」

「お任せください」


 南北共に私を敵視している大名はごまんとおる。義の実家である最上も未だ気を許せぬ故に、早々に陸奥の覇権を握らねばならぬ。

 次も失敗は出来ぬぞ。

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