291話 新たな御家
大井川城 一色政孝
1571年冬
福浦に赴いて俺の今年の役目は全て終わったも同然だった。
彼の地の発展具合、築城の進捗、晴朝殿との交流など全てが滞りなく完了している。これで今年は思い残すことも無く、来年を迎えることが出来るだろう。
そう思いながらの帰城であったが、実は色々やり残しがあったのだ。
今日はそのやり残しを一気に終わらせるべく、それに関係のある者達を城の広間へと集めている。
集まったのは大井川領に残る一色の家臣と、暮石屋の主人である喜八郎とその子ら、そして新顔の女達と俺の身内だ。
「まず重要な決定があった。ここにいる
泉春が何者であるのか。実はこの者、縁東寺の新たな住職となった豊崇の弟である。すでに豊崇の子は立派に成長しており、跡継ぎに不安が無いとのことで、豊岳様の遺言に従った形となった。
「義定にございます。今後は政孝殿の側でお支えすべく懸命にお仕えいたします」
「頼りにしてるぞ、義定。また義定の子も俺の小姓として仕えさせることとした。2年の間で武家の役目を全てたたき込み、その後は誰かに預けて現場を経験させることとする」
「義兼と申します。どうかよろしくお願いいたします」
2人とも還俗から間もないため、見事な坊主頭を下げた。ただみなに勘違いされては困るので、一応重要なことは先に伝えておくこととした。
「何も豊岳様の孫であるから武家の分家として名を残すことを認めたわけではない。縁東寺の者達は、いつ一色領内で戦が起きてもよいようにその備えをしていた。それは嫡男であった豊春や豊崇だけでは無く、義定や義兼も同様だ。故に俺も認めた。みなもそれはしっかりと理解しておくのだ」
「かしこまりました」
時真がみなを代表して頭を下げた。だが一色家臣の多くは、遠江の斯波家統治時代より忠義心厚く仕えてくれている者達だ。俺の心配しているような勘違いは決してしないと信じている。
また新たに俺に仕えてくれた者達もまた、その辺り変な勘違いをするような者たちがいないことを短い付き合いながらによく知っていた。
改めていう必要など無かったかも知れない。
「続けて紹介する。喜八郎の子らで、今後は俺に仕えることとなった
「必ずやご期待に応えられる活躍をいたします」
「私も弟と同じく、殿の、高瀬様のお力になることをお誓いいたします」
「2人ともよく言ってくれた。今後は一色のために存分にその力を使うが良い」
「はっ!」
勘吉は気合い十分に、八代は静かに頭を下げる。高瀬は嬉しそうにその様を見ており、喜八郎はわずかに寂しそうな顔をしていた。
今後親子として振る舞うことは出来ずとも、勘吉はともかく八代とは会う機会があるはず。高瀬には商人との間を取り持つ役目を主に任せるつもりでいた。昌友にこれまで任せていたのは、日輪が妻にいるからだ。組屋を通じて商人との間を取り持つようにしていた。だが高瀬は最早組合内のアイドル的存在。
これ以上の適任者が居るとは絶対的にあり得ないと思うのだ。
「勘吉は義兼と共に俺に2年仕えるのだ。その後はすでにある程度は決めているが、俺の予想を下回れば別の場所へと配置することとなる。それだけはさせるな」
「はっ!」「かしこまりました」
勘吉と義兼が頭を下げる。ちなみに2人は2才差だ。
勘吉の方が年上となる。
「最後に久と菊に侍女を付ける。まずは久に新たに付けるは、
「かしこまりました」
相変わらず栄衆の者達の年齢は不明である。落人も雪女も初もまったく年齢不詳であった。なんとなく歳はこれくらい?という推測は出来るのだが、栄衆の者が変装出来ることも知っている。
故に年齢を推測するだけ無駄なのだ。ただ初の普段の振る舞いは、どうも俺達よりも年上であるようにも見えることが多々あった。そのことから、やはり初に関しては変装であり、その実は母と同じ位では無いかと何度か疑ったものだ。
言えばとんでもない表情で睨まれることが予想され、結局一度も口を滑らせることは無かったがな。
「菊には
「分かりました。小柴、よろしくお願いします」
「はい。菊様、よろしくお願いいたします」
これも余談であるが、武田からの侍女は疲れ切っているようだ。
初めて目にする物の多い菊は、侍女らを連れてあっちに行き、こっちに行きと大忙しなのだそうだ。
故に新たに出来る侍女が、菊の最側近となると聞いて多くの者達がホッとしているのだという。
それはそれで駄目だろと1人突っ込みつつ、顔合わせも済んだことでみなもホッとしているようだ。勘吉らの迎え入れも本当はもう少し早くする予定であったのだ。
だが信濃を巡り、福浦に滞在する必要があったこと。そして福浦の目の前にある北条が里見と戦をしていることが原因で、長らく福浦より離れることが出来なかったのだ。
それ故にこの日が遅れた。そういう意味では、今年中に済ませることが出来たと一安心である。
「最後に鶴丸のことであるが、やはり佐助に傅役を任せることとした。これ以上の適任を今は思いつかぬ」
「よろしいのですか?」
「あぁ、これまでの功績を考えてもな。時宗、もし寂しければ豊に顔を見せてくれると嬉しいのだが」
「お気遣い感謝いたします。ですが殿、あまりワシを年寄り扱いしないでくだされ。この老いぼれは遠くより一色家の繁栄を見守ると決めたのです」
時宗はそう言うが、やはりこれまで共に過ごしてきた鶴丸や虎松が離れることに寂しさを感じていることは事実であるようだ。
「そう寂しい事を言うな。庄兵衛同様、今後は俺の相談役となってくれると安心出来る。どうだろうか」
「・・・未だこの老いぼれも役に立てるでしょうか」
「当然であろう。むしろ時宗ほどの者を放っておく方が、勿体ない上に俺の当主としての器量もたかが知れていると思われかねない」
「そこまで言われれば、断ることなど出来ませぬな。今後は再び殿のお側にてお役に立たせていただきますぞ」
時宗が俺の側にいることなど随分と懐かしいことだ。時真に氷上家を任せてから随分と経ったからな。
ただし時宗の立場は氷上家の人間としてでは無く、ただ1人の相談役として。それ以上の力は無く、家臣筆頭という立場は変わらず時真のまま。
これが揺らぐことは決して無い。
「それと今後大きな戦が立て続けに起きると予想される。おそらく俺達は相模にて北条と対することとなるであろう。あちらも強大な大名家だ、何があるかなど分からぬ」
みなが黙って聞いていた。
「それ故に俺は後悔しない生き方をすることとした。まずは内政だ。より大井川領を発展させて、俺が一色を継いだ時に決めた目標を達成させる」
「殿が継いだときの目標にございますか?」
時真は知らないはずだ。いや、この中で唯一俺の目標を知っているのは、当時より内政を担当していた昌友のみ。
「日ノ本一の港を、と言われておりました」
「港はなったであろう。今では日ノ本中の商人が出入りしており、さらには漁師の船も多く出入りしている。そして水軍の整備も完了した」
「かつては保護下の商人が良ければ、という程度のものにございました。それを考えれば、随分と大きくなったことにございます」
「昌友の言うとおり。だがそれでは足りぬ。一色が海上だけで無いところをみせるべく、領内の発展にも努めようと思う」
あわよくば流民をより一層受け入れて、より大きな領地としたい。
民が安心して暮らせる領地経営を目指したい。
願望を語り続ければキリがない。だがこうして家中が新たな状況となった今、こうして目標を明確化することも、重要なことであるように思えた。
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