252話 火事場泥棒
大井川城 一色政孝
1570年冬
畿内に潜伏している栄衆からの情報だと、信長は思った以上に京までの道中で苦戦していたようだ。
浅井による近江平定で甲賀郡へと追いやられた六角義治は、かつて支えていた前公方の弟である義秋を支持すること無く、信長に敵対する動きをした。
それに対して信長は奴らの籠もる三雲城を攻撃。ただあの地を攻めるのは思った以上に難しかったらしい。
周辺の地形を把握した六角勢に加えて、
籠城戦を展開しつつ、外の協力者らによってゲリラ戦を展開された。慣れぬ地での戦ともあって、随分と足止めを喰らっているようだ。
だがこちらもあまり織田を心配していられる状況でもない。
昌友の妻の実家。つまり組屋からとある報せを受けたのだ。
「志摩以外では比較的安全に船を出せていたが、再び大井川港近海で海賊被害に遭う日が来るとはな」
「たしかに・・・。日輪より報せを受けなければ知りませんでした」
「一色水軍の護衛を用いず自衛している者たちもいるからな。それが裏目に出た形となってしまったか」
しかしこの近海で海賊被害。おかしな話である。
先日の北条家臣を自称する者たちの一件以降、だいぶ付近の島々を捜索させた。だが該当の海賊と思わしき者たちの拠点を見つけることが出来なかった。ついでにいくつかの海賊を討伐したのだが、この付近の海域ではむしろ海賊被害が増えているという。
「先日の島長のこと。昌友はどう思う」
「里見の者からの手紙にございますか?確証は何もありませぬが、不気味に思います」
「同盟の使者を今川館へと寄越しているが」
「今川と北条が争えば利があるのは里見にございます。現状を鑑みればいずれ今川様は北条家と戦うことを選ばれるでしょう。ですがそれがいつになるかは分かりません」
「里見は三船山で勝ったとはいえ、まだ安心出来る状況では無いか」
俺も昌友と同じ事を考えた。この同盟打診はどう考えても里見の利するものが大きい。
こちらにどれほどの利があるのか不明であるが、東に同盟相手が欲しいのもまた事実。氏真様は難しい選択を迫られている。
そんな中でも里見の次子の怪しき行動。これが何を意味するのか、早く解明しなければ、本当に里見家の良いように使われる。その可能性は十分にあり得た。
「いずれにせよ重治殿からの報せを待つほかありません。ここで幾ら話しても物事は解決いたしますまい。それよりも溜まりに溜まった報告の処理を済ませてください」
昌友は廊下に控えている家臣らに目を向けた。港や農地、治水工事などなど。
しばらくは海賊のことを考える暇もなさそうだ。
「・・・わかった。では報告を聞こうか」
~数日後~
「殿!急ぎお報せしなくてはならぬことがございます!」
「戻ったか、重治」
「はっ」
「それで報告とはなんだ?」
俺は今日も今日とて家臣らを集めて報告と指示を出していた。そういう状況もあって四臣らは勢揃い。他にも内政を任せている者たちも大勢いる。
そんな中に重治が飛び込んできたのだ。
「はっ。神高島の島長ですが、やはり里見家と通じておりました」
「・・・里見家に利があるのか?」
「伊豆へ侵攻するための拠点になります」
重治の言葉に広間の中がザワついた。俺が手を挙げるとみなが動揺しつつも静まる。
「どういうことだ」
「はっ。先日の報告にあった里見からの書状を証拠とし、島長を捕まえて全て吐かせました。島長は観念したように全て話したのです」
重治の話はこうだった。
神高島はその立地から多くの海賊が拠点として用いようと島によりついた。何と言っても商船の航路が近く、絶妙に本島から離れている。
海賊の多くは大名家や領主らが手を出しづらいあの島に目を付けたのだ。
だが奥山海賊が長らく島を拠点としていたため、他の海賊を蹴散らしていた。そのおかげもあって神高島の民らは安心して過ごせていたのだそうだ。
そして親元も略奪をせず、むしろ奪ったものを島民に分け与えていたのだそうだ。
「親元も顔に似合わないことをしていたのだな」
「確かに」
佐助の遠慮無い物言い。だが誰1人として笑うことはない。
未だ緊張感が勝っている証拠である。
話を戻す。
俺が親元らをまるごと家臣としたことによって、神高島にはありとあらゆる海賊やならず者が集まり始めた。もちろん親元のような海賊は珍しく、当たり前のように略奪やらなんやらと酷い目に遭っていたのだそうだ。
そんな折、とある男がとある書状をもって神高島に上陸した。
その男こそが北見里頼であったのだ。
里頼は島長に里見義頼からの書状を渡した。そこには伊豆侵攻の拠点とするために港を使わせて欲しいこと。もし伊豆を里見の影響下におけた場合には神高島も里見家が守るという内容が書かれていたらしい。
「俺の判断が神高島の島民を苦しめたということか」
「殿のせいではございません。親元殿が海賊行為をしていたのは事実、いつかは討伐に動く者がいたに違いありません」
昌友の言葉に他の者らも頷く。だが俺がまるまる奥山海賊を配下にしたことで、神高島の安寧を脅かしたのは事実だ。
「島長は島民を守るために里見に従ったのであろう?ならば責められはせぬな」
「確かに。ですが神高島に上陸した者たちは、島を守っている謝礼を要求するように他の海賊がしてきたような略奪行為をしていたそうです」
「故に今川家による神高島の領地化を呑んだのだな。神高島を荒らす海賊もどきを討伐することを条件に」
「そのようにございます。ですが真実の露呈を恐れた島長は、北見達にも島を離れるように進言。対話の無い状況で北見達が死ぬことを望んだ、と」
「なるほどな・・・」
しかし里見家は伊豆の制圧を狙ったのか。だからこれまで放置されていた神高島に目を付けた。
だがそれでも気になることはあった。
「何故あの男は北条の名を出した?」
俺自身、疑問を口にしてみて分かったことがある。
「もしや今川と北条が戦をしている隙に、伊豆へ兵を出すことが目的であったか?」
「もしそうであればこの同盟は今川様が東に進むための進路を塞がれることとなりましょう」
「それは非常に拙い。だがそこまで見えているのであれば、どうにか利用してやれぬものか・・・」
重治の言うとおりだ。このままでは今川家による東国進出は非常に時間のかかる事態となる。
「・・・同盟締結の前に神高島の実効支配を済ませるしかありません。その後同盟を結べば、里見が伊豆に兵を出すことは難しくなりましょう」
「それしか無いか。その状況であれば里見との同盟も意味があるものとなるであろう。武田も用いれば十分に北条へ圧をかけることが出来る」
俺は時真に指示して氏真様に俺の考えを伝えるよう人を用意させる。昌友に命じて家房と寅政、そして今川水軍と九鬼水軍を用いて海賊、もとい里見の手先らを全て葬り去ろう。
同盟を締結すること自体は里見としても必要なはず。裏工作があったとしてもそれが直接的に今川家に不利益が生じるのだから、表立ってこちらの動きを批判することは出来ない。
こちらは従来通りやるべきことをやるだけ。
「澄隆殿に報せよ。次の探索で確実に奴らを見つけ出し、余計な口が叩けぬよう全てを海の中へ沈める」
「証拠は何も残さない、ということにございますね」
「あぁ。島長のことは俺が澄隆殿に一応伝えておく。悪いようにはさせない」
「かしこまりました。急ぎ一色港に留まられている寅政殿を呼び戻しましょう」
「頼む。みなは内政に勤しむのだ。こちらは何も特別なことがないよう周りに見せよ。不審に思われれば、どこからか北条や里見に漏れる危険もある」
「「かしこまりました!」」
これまでいいようにやられてしまった。だがここからは好きにはさせぬぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます