249話 思いもよらぬ関わり

 大井川城 一色政孝


 1570年冬


 今川館で行われた新年の挨拶の折、氏真様は今年の方針を述べられた。領内の内政に関することはもちろんであったが、今年からいつでも起こりうる対北条、対上杉に関することもある程度取り決められたのだ。

 上杉はとうぶん戦をしない。北条に関しては各方面で警戒し、時が満ちれば攻撃をするという決定である。

 そして問題の里見家との同盟に関してである。

 これに関しては多くの方々が個人的に氏真様と話をされたようだが、とうとう元日までに話が纏まることは無かった。

 だが里見家としてもそう簡単な問題で無いと理解しているらしく、返事の期日は少し長めにとってある。


「里見義尭か」

「如何されたのですか?今川館より戻られてから、ずっと何かを考えられているようにございますが」


 信綱に声をかけられた俺は、みなが集まっている場であることを思いだして上をむきかけた顔を正面に戻す。

 だが周りを見渡してみたら、みなが俺のことを気にしていたようで、話はピタリと止んでおり一様に俺の顔へと視線を向けていた。


「里見家が如何されたのです?」

「今川との同盟を打診してきたらしい」

「なるほど、里見がですか」


 昌友は俺の言葉に頷きながら何かを考えるようなそぶりを見せた。それと同じくして重治も何かを考え込んでいる。


「里見と言えば安房の水軍です。なんでも北条家の有する伊豆水軍にも負けず劣らず立派なものであるとか」

「よく知っているな、彦五郎」

「一色の代官になってからというもの、これまでよりも私の使える時間が増えましたので、各国の水軍について調べておりました。それ故にございましょう」

「相変わらずだな」

「はい。ただ残念なのは港の動く様をこの目で見ていられないことにございましょうか。我が子同然である港の成長ぶりが文字でしか分からぬということは非常に残念でございます」


 彦五郎の水軍、港好きは相変わらずであった。むしろ長く抑圧されているからか当初よりも酷くなっている節がある。


「相変わらずであるな、彦五郎殿は」


 道房も同様に思ったらしい。道房の言葉にみなが笑った。


「それで話を戻すが、安房が現状どのような感じであるか。商人らが話しているところを聞いたことが無いか?」

「そうでございますね・・・。現当主である里見義尭様は随分と評判がよろしゅうございます。2度国府台で里見家は北条相手に負けておりますが、未だに安房と上総の覇権はとっております。それ故領内が安定し、民も過ごしやすいと」

「なるほどな」

「そして嫡子である義弘様に関しては戦が上手であると。先日も北条を三船山にて打ち破った話で大層盛り上がっておりました」


 商人を集めるとこういう点でも良いことがある。忍びを放たずとも、日ノ本各地より商人が集まるため、ご当地の話を色々集めることが出来る。

 それは小さな事から、大きな事まで様々であった。

 此度のように大名家の話まで聞けるから素晴らしい。


「里見との同盟、殿はどうお考えで?」


 信綱からの問いに俺は答える。


「現状は賛成だ。だが織田家みたく、しっかりと結びつくことは不可能であると考えている。対北条における同盟程度で済ますのが吉であろうな」

「やはりそう考えられますか?」

「あぁ。あくまで俺の意見であるが、な」


 信綱も同じ考えなのだろうか?そんなことを思っているとき、家房が手を挙げる。


「如何したのだ?もしや例の海賊騒ぎに進展があったか?」

「はい。とは言ってもあの後、九鬼家と合同で捜索をしましたが拠点となりそうな場所は見つけることが出来ませんでした」

「そうか。だがこれまで上手く姿を隠していたのだ。そう簡単に尻尾を出すことも無いだろうとは思っていた」

「ですが気になることがございます。おそらく今頃、九鬼澄隆様より駿河へと人がやられていると思われますが」

「如何した?」

「神高島の島長が不審な動きをしているとの報告を上げたことがございましたが、覚えていらっしゃるでしょうか?」


 それは昨年、家房の報告が昌友を通じて俺へ伝わったあの一件。


「あったな。島長というから何事かと思ったあれだな」

「島長の家を調べましたところ、里見義頼なる者からの書状が保管されておりました。何やら大事げに」

「里見義頼?」


 家房からあまり聞き慣れぬ名前が出てくる。里見家に関してあまり詳しくない俺は、その名前が誰であるのかわからず聞き返す。

 その答えを出してくれたのは信綱であった。


「現当主里見義尭様の次子様でございます。ですが母は嫡子義弘様とは違い、義堯様の御正室であり上野の箕輪城前城主であった長野業正様の妹であったと記憶しております」

「なるほどな。だが何故里見の者から文が?それも安房より遠く離れた島のいち島長に」

「さて、どういうつもりであるのか・・・」


 家房が言っていたが、このことは氏真様にも報告されるはず。

 全く神高島と里見の関係性が見えぬが、嫌な予感はした。


「いったいどう繋がっているのだ。何故里見が神高島と繋ぎをもつ必要がある・・・」

「よろしいでしょうか?」


 ずっと考え込んでいた重治が俺を呼ぶ。みなが重治に注目した。


「こういうときはやはり現地に赴いて調べるべきにございます。私を神高島へと派遣して頂けませんでしょうか?」

「重治がか?」

「はい。この目で色々確かめたく」

「・・・わかった。家房、次に島へと向かうときは重治も連れて行ってやれ」

「かしこまりました。澄隆様にもご紹介しておきましょう」

「頼む」


 俺も少し警戒しておくか。神高島の領地化を率先して行ったのも、九鬼家に神高島を任せるよう進言したのも俺だからな。

 だからとは言って、あまり複雑な関係になり始めると頭が痛くなるわけだが・・・。


「今後は里見の動向も気にしなくてはならぬか?」

「今川様が同盟を組まれるおつもりであるならば、必ずやこの一連の出来事を解明するべきであるかと」

「やはりそうであろうな。・・・わかった、俺も神高島のことは頭に入れておく」


 そんな話をしている最中、廊下より二郎丸が顔を覗かせた。小十郎もそうであったが、ときたま話を聞くために顔を出すことがある。

 今回もそれだと思ったのが、二郎丸は何か言いたげにこちらを見ていた。


「如何したのだ?」

「暮石屋様がいらっしゃったようでございます。何やら殿にお話があるとか」

「庄兵衛か。わかった、通せ」

「かしこまりました」


 ちょうど俺も庄兵衛に言いたいことがあった。実に良いタイミングであったな。

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