230話 病

 大井川城 一色政孝


 1569年冬


「この者は竹中重治だ。縁あって一色に仕えることとなった」

「竹中重治と申します。若輩者ではありますが、どうかよろしくお願いいたします」

「わからぬことがあれば何でもお聞きくだされ。殿より竹中殿は随分と知略に優れていると聞いております。その活躍、我ら一同期待しております」


 主だった者たちを集めて重治を紹介した。俺が新たな家臣を召し抱えるのは随分と久しいことであるが、それでもみなが好意的に重治のことを受け入れる。

 唯一重治に対抗心を燃やしているのは、意外や意外。

 久であった。


「そういえばお方様が随分と落ち込まれているようにございましたが」

「昌友、いらぬことを申すな。八つ当たりを受けることとなるぞ」

「何があったのかはわかりませぬが、かしこまりました。お方様のことは何も聞かず、何も言いませぬ」

「それで良い」


 重治と久の源平碁最強決定戦は重治に軍配が上がった。それも僅かな差であった。

 重治もその結果には驚いているようであったが、それよりも久の落ち込みようが凄かった。

 俺が肩を抱き寄せたことで動揺したと言っていたが、果たしてそれがどれほどに影響したのかは不明である。

 そして重治に関してであるが、先ほども言ったとおり軍師としての役割を期待している。今後は戦場にも連れて行くであろう。

 なんせ俺と同年代の者は一色にわりと少ない。多くが年上であり、結構年が離れている。

 今は現役で戦場に出られている道房や佐助も、いずれは時宗のように第一線から身を引く時が来るであろう。

 現状のままだと、それを境に一色の武は一気に衰えることとなる。

 だから若い力を欲しているというわけだ。


「重治はしばらくの間道房に預けることとする。と言っても家来のように扱うわけではなく役割をしっかりと分けよ」

「かしこまりました」

「それと外からの意見を聞く機会も貴重である。重治も思うことがあれば遠慮無く道房に申すが良い」

「はっ」


 その後、早速道房は重治を連れて部屋の外へと出て行った。

 案内するのは一色のほこる火縄銃隊と抱え大砲隊。そして今は大井川港に戻って来ている家房の率いる水軍。

 重治のことを家中の者が大方認めれば俺の側に置く。最初から優遇しすぎると不要な反発を生むことになりかねん。

 2人が出て行った後、顔合わせは済んだとほとんどの者が持ち場へと戻って行った。

 残っているのは時真と昌友、佐助と落人の5人だけ。


「氏真様への遣いの支度は済んだか?」

「はい。直に今川館へと出立させます」


 時真が頷き、俺もそれに頷きかえした。しかし上野の状況は思った以上に悪いらしい。

 関東管領も大変であるな。

 それにまさか越後上杉が関東管領職を山内上杉に返還するとは。まぁそれがきっかけで上野は荒れているのだが。

 言ったら悪いが、政虎様の義は家臣の現実的思考があった上で成り立っている。謂わば諸刃の剣だ。

 どちらかが無くなれば、瞬く間に越後は混乱するであろう。

 此度はどちらもあったのに混乱した。北条はこの状況をどう思うか、それが肝心。


「殿、畿内でも動きがありました」

「どうした?」

「朝倉が本願寺と停戦をいたしました。またそれに合せて、三好長治とも和睦したとのこと」

「それは・・・、浅井は窮地に追い込まれたか」

「いえ、加賀の門徒らは停戦をするやいなや越中へと移動いたしました。越中の神保の要請に従い、上杉と同盟を組んでいる椎名を攻めるようにございます」


 これで上杉はさらに追い込まれたか。だが切り抜けるには、何度目かの越中出兵をしなくてはならない。

 でなければ越中全域を一向宗のものとされてしまう恐れがある。

 それに神保もなりふり構ってられぬのだろう。


「それともう1つ」

「どうした?」

「飯盛山城に留まっていた足利義栄にございますが、どうやら深刻な病であるとか。阿波の平島に留まっていた弟の足利あしかが義助よしすけが和泉国の家原えばら城に入ったと報せがありました」


 確かに今思えば義栄は昨年没しているはず。少し長く生きてはいるが、義助を阿波より呼び寄せたのは三好が担ぐ御輿を乗り換えたことを予感させた。

 どちらにしてももう義栄は将軍になれそうもない。


「これに近衛がどう反応をするかが問題か」

「織田信長は思った以上に運があるのやもしれませぬ」

「そうだな、引き続き平島公方の動向を注視せよ。出来るのであれば朝廷も・・・、いや公家の動きを見るだけで良いか」

「かしこまりました。また動きがあればお報せいたします」

「頼むぞ」


 しかしこれで史実と大きく変わる結果となるな。14代将軍が義昭になるか、はたまた継続して三好や近衛に支持されて義助がなるか。

 こればかりは流石に読めん。


「まぁ畿内での戦は俺達にはほとんど関係が無い。まずは足場固めに注力すべきだ。昌友、雑賀に船を出させよ」

「火縄銃にございますね?」

「それと抱え大筒だ。今度はちゃんと金を払って大量に買い取る」

「かしこまりました。そのための資金はちゃんと貯めておりますので」


 此度はあの日のような衝動買いではない。計画的に金を貯め、火縄銃用に残していたのだ。

 これで戦力の底上げを図る。もちろん一色だけでなく今川家中全体にだ。

 優先すべきは信濃や駿河の北条や上杉と領地を接している者ら。急に攻撃をされたとしてもある程度耐えることが出来るように、色々用意をしておく。

 その役目を俺達一色が命じられたのだ。

 そのための金も一応氏真様より支度して頂いている。だがそれだけでは足りん。

 ある程度は一色が自腹を切ることで、今川を守る。

 これまでの金集めは、まさにこのためにあったのだ。


「それと家房に伝えよ。例の海賊騒ぎ、そろそろ決着をつけるようにな」

「はっ」


 昌友は頭を下げて出て行く。それと同じくして、落人も姿を消していた。

 時真にはもう少しだけ大井川の治水事業を任せることとし、佐助には兵達の訓練に戻ってもらう。

 今川にも一色にも良い人材が揃い始めた。最早あの頃の面影は無いように思える。

 一気に衰退した今川は、その窮地を脱したと言っていいだろうか?


「まだ、か。とにかく北条をどうにかせねばな」


 北条との不戦期日は刻一刻と迫っている。必ずや勝たねばならぬ戦がもうじき起こるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る