194話 会談の日
三河国一色 一色政孝
1567年夏
港には数十隻の船が停泊していた。
船には今川家の旗が掲げられており、水軍を指揮していたのは
「氏真様直属の水軍も随分大きくなりました」
「あぁ、家房らの協力があってこそだ。おかげで伊豆水軍とも張り合えるくらいにはなった」
実のところ、一色水軍が成功してから港を有している方々から水軍の編成について色々聞かれていた。
特に此度指揮を任されたお二方は熱心で、何度も大井川領の港を視察されていた。
船の構造から、兵の訓練まで色々取り入れられた結果そこそこの水軍規模をほこるようになったわけだ。
そして此度の会談は駿河の今川館からも、美濃の岐阜城からも距離があるため船での移動を決められた。
直に信長も船でやってくるだろう。万が一に備えて親元や寅政には海上警備に向かわせている。このような日に志摩の者らが出張ってきては最悪だからな。
「氏真様、ご到着にございます!」
港から声を張り上げる者が見えた。そして停泊する船の1つから氏真様が降りてこられる。
周りには十分すぎるほどの護衛が常に警戒した様子で張り付いており、嫌でも港中に緊張感が漂う。
俺達は全員が同じように膝をつき、氏真様の到着を出迎えた。
「政孝、此度は無理を言ってすまぬな」
「いえ。むしろ一色を使って頂いて光栄の極みにございます」
「そうか。ところで信長殿はまだか?」
「はい、そろそろ到着されると思いますが」
じゃっかんホッとしたような表情をされた氏真様。みな頭を下げていたから気がついたのは俺だけかも知れない。
「先に会談場所となる屋敷へご案内いたします。昌友あとのことは頼むぞ」
「かしこまりました」
いつもならば大井川城にいる昌友も、今日に限っては一色に来ていた。時真が不在時の次席となるからな。
どうしても大井川城の治水工事は手を離すことが出来ず、一部の者らは本領に残しているのだ。
「ではこちらに」
「うむ」
先日完成した館へと氏真様を案内する。
これだけ多数の護衛やら家臣を連れていても、実際信長と会談をするのは氏真様と泰朝殿のみ。
念のため隣の部屋に控えるのが館の主である俺と、氏俊殿になる。
おそらくだが織田も同様であろう。誰が来るのかは聞かされていないが・・・。
「そういえば遅れて春も来る。今川館に籠もりっきりだと気が晴れぬであろうからな」
「早川様が・・・。かしこまりました、手はずを整えておきます」
「頼む」
大井川城下もだが、ここ一色の発展は特にめざましい。大井川港が軍港としての役割を担い始めたことを踏まえると、一色港が東海一の港町を名乗っても良いのではないかというほどだ。
早川殿が今どのようなお気持ちでおられるのかは想像すら出来ないが、せめて楽しんで貰えるようみなに命じておかねばならん。
「こちらが此度の会談部屋にございます。城としての用途がないため、塀を低くしており三河の海がよく見えるよう造らせました」
「これは・・・、よいな。気に入ったぞ」
俺もここからの景色は気に入っている。天気が良い日は水平線まで眺めることが出来る。
船の往来が多いため、そういった景色も眺められてかなり良い感じに出来上がったと思う。彦五郎にはすでに褒美を与えており、建築に携わった者らにも報酬をたんまり出した。
「政孝」
「はっ!」
「しばし1人になりたい。改めて気持ちの整理をしておきたいのだ」
「かしこまりました。私は港に戻り信長殿の到着を待ちたいと思いますが」
「それでよい。信長殿が到着したら報せてくれ」
「はっ。では」
俺は特に何も言わず部屋をあとにする。
氏真様は護衛も部屋の中には入れず、本当に一人っきりになられるようだ。心配する者らを余所に襖を閉められた。
「泰朝殿、あとのことはお任せいたします」
「わかった。私は隣の部屋で待機しておこう」
泰朝殿とも別れて俺は港に戻った。
そろそろ織田の到着とあってか、見物客も多く港に集まっている。その中には複雑げな表情の者も少なからずいた。
織田との戦で死んだのは、今川の家臣だけではない。兵士として徴兵された領民らも多く死んだから、複雑な思いを抱かせるのも当然である。元々この地に住んでいた者らはそうでも無いかも知れないが、移民がとにかく多いからな。
しばらく待った頃、櫓から海を眺めていた者が大きな声で叫ぶ。
「あれではないか!?」
と。
指さす先を見ると、今川水軍の比ではない数の船がこの港へ向かってきていた。
掲げる旗は織田瓜。正真正銘、信長のものである。
「船で向かうと言うからどの程度で来るのかと思ったら・・・」
「想定外です。ここまで水軍を拡大しているとは」
確かに織田領にも栄える港はあった。だがこれまでの信長に水軍はあまり必要とされていなかったのだ。
だからそこまでの規模の水軍を有していない。というのが栄衆からの報告だった。ちなみに情報自体は少し古い。
だが今日その情報がいかに古いものであったかということを思い知らされた。
「織田は長島城を本気で落とすつもりだな。俺が行った海上封鎖を織田もしようとしている」
「それにしても短期間でここまで大きくするとは」
昌友の言葉には一理も二理もある。だがそれをやってのけた。
人間五十年。その言葉を胸に刻んでいる信長だからこそ出来たことではあると思う。
のんびり構えていては、あっという間に人生は終わりを迎える。やると決めたら即行動。そういう男ということだ。
「織田殿のご到着だ!みな支度をせよ」
俺の言葉に、呆気にとられていた者らは慌てて迎え入れる支度を始める。
さて久しぶりに信長と会うが、どうなっているだろうか?
あの日会った信長は、やんちゃな感じが抜け切れていなかった。うつけと呼ばれるのも納得であったが、どのようになっているのか。
氏真様は緊張されているようであったが、それに対して俺はワクワクしてしまっていた。
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