183話 山積みの問題

 大井川城 一色政孝


 1566年冬


「まずご報告させていただくのは、瀬戸内や雑賀に船を出している商人らが襲撃されている件にございます」


 やはり動きがあったか。予想通りで余計に聞きたくなくなる。


「家房殿の率いている水軍衆遊撃隊が賊の襲撃をくらい、遊撃隊の内3分の1ほどの船が沈められました。またその際に水軍衆の何人かも捕虜にとられております」

「何か奴らから接触があったのか?」

「はい、捕虜と交換に金を寄越すよう使者が参りました。しかしどこに属しているのかは名乗っておらず、まともに会話もなくただ文だけが渡されました」


 捕虜をとるつもりが逆にとられることになるとは・・・。それに約3割の船が沈められたか。思った以上に深刻な被害を出したな。


「家房はどうしておる」

「今は再編に努めております。先日訓練を開始した水軍衆予備兵らを急ぎ正規兵として遊撃隊に組み込み、商人らの護衛に付けて実戦を経験させていますが如何せん船が足りません」

「染屋にも迷惑をかけることになるな」

「それについては私の方で詫びを入れております」


 商人の護衛を仲介する役目を負っている染屋からすれば、水軍衆が足りず調整に随分と手を焼いているはずだ。

 俺からも騒動が落ち着き次第詫びをするとしよう。

 しかし身代金をどうするか・・・。

 いや、見殺しにするという選択肢は無いのだが・・・。


「それと海里殿が捕らえた敵方の者から、志摩の国衆に関連する所持品を確認しており、あの者らの関与は決定的になったかと」

「それは朗報であるが・・・、素直に喜べる状況では無いか。対応は考えよう。それでまだ報告があるのだな?」

「はい、一色港の代官代行をしている房介殿より報せがありました」

「なんと?」

「織田家家臣林秀貞殿が接触してきた、と」


 また頭の中に秀吉との会話が思い出される。林秀貞は成り行きであったが、すでに一色港の数人とは顔見知りとなっている。

 故に此度も接触を図ってきたのであろうが、やはり用件は・・・。


「これを預けられたと」


 昌友は懐より文を1枚俺の前へと差し出す。それを受け取り中身を確認した。

 俺が無言で読み進めているのを時真が不安げに見ている。


「・・・厄介なこととなった」

「厄介なことにございますか?いったい織田は何を・・・」


 時真が聞きたげに尋ねてくるから文を渡して昌友に視線を移す。昌友は何も言わずにただ俺の言葉を待っていた。


「俺もお前達に話さなければならぬ事がある」

「殿も、でございますか?」

「あぁ、時真も読み終わったら俺の話を聞け」

「・・・はっ!読み終わりました」


 なんとも複雑げな表情をしている時真だ。しかしさらに厄介なことが未だに伏せられていることを、俺の目であり耳である落人ですら知らない。

 俺は一呼吸あけて、話し始めた。


「駿河の朝比奈家の屋敷にとある文が投げ入れられた。家主である泰朝殿曰く、俺が織田へと内通しているといった旨の密告書であったそうだ」

「・・・それは」


 昌友の反応は、おそらく俺と似たようなものなのだと思う。たしかに意図しないものであったが織田との関わりは少なからずあった。

 もしそのことを言われているのであれば、言い逃れは出来ない。だが俺としては裏切りを促されたが断っているし、敵対すれば戦う気でもいた。

 それでも本心は分からないと一蹴されれば、俺もはれて裏切り者となってしまうわけであるがな。


「泰朝殿は此度の戦が終わり次第、氏真様に報告すると言われた。だが、此度の戦はあまりに事が早く進みすぎたせいで俺としてもまともに動けていない」

「ちなみにその密告書を投げ入れたという者は」

「泰朝殿も一応探ってくださったようだが、なにぶん武田との戦前。人を割けぬと言われておった」


 時真は唸り、昌友もただ黙している。


「とにかく俺は氏真様に弁解せねばならぬわけだが、一番効果的なのは此度の下手人を捕らえて真相を明らかにすることだ」

「それはあまりにも難しいでしょう。だいたい刻がありませぬ」

「尤もな話だな。だから困っているんだ」


 大人が4人揃って黙りこくってしまう。本当に解決の糸口を見つけられずにいるからだ。

 しかしそれからしばらくして昌友が顔を上げた。


「殿、1つだけ考えがあります」

「考え?昌友、それはどういったものだ」

「はい。織田との同盟、殿が仲介されては如何でしょうか?織田との縁は商人伝いにとでも言えば、そこまで不思議な話でもありません。現に大井川港には尾張の津島からも船がはいっております」


 織田と今川の同盟を仲介か・・・。それは考えもしなかったが。


「織田との関わりを否定するのは、正直得策では無いかと思います。実際接触した事実があるのですから、それが明るみに出た時余計にややこしい問題として我らの前に立ちはだかりましょう。ですから逆に利用してやるのです」

「たしかにそれは良い案ではあると思う。織田と今川が手を組めば、お互いに背中を任せることが出来るからな。だが果たして同盟が成るかどうか、それが問題では無いか?」


 いや、たしかに俺もずっと考えていた。考えてはいたが、やはりいざその局面になると不安になる。

 織田と今川。戦国時代の東海地方の歴史を語る上で切り離せぬ深い因縁がある両家だ。そしてそこに一色の存亡までかかってくると、素直に同盟を組むべきだと主張しにくい。


「客観的に見れば同盟を組む利点は大いにあります。織田信長殿がその気なのであれば、あとは氏真様を・・・、いえ、皆様方を説得するだけにございましょう」


 簡単だろ?とでも言いたげな昌友の言葉であるが、俺にとって一番難しい話をしている。

 皆様方を説得といっても、駿河衆の、それも北条との国境に領を持つ方々はとにかく俺を嫌っている。

 そのあたりが反対すれば、渋る方達も多少なりとも出てくるであろう。


「葛山氏元殿のことをお考えなのではありませぬか?」

「あぁ、その通りだ。俺が何を言うにしてもあの男は間違いなく反対してくる」

「しかしあの御方が強く出られるのは、後ろ盾に北条家があったからにございます。しかし今はその力もあてには出来ない」


 北条家の先代当主の暴挙は、撤退中の俺の元にも報せられた。

 北条は氏康・氏政父子で内部分裂した挙げ句、4代目当主であった氏政とその兄弟らによって父氏康は討ち取られた。

 関東一帯は氏康の暴挙によりかつてないほど混乱しており、大部分が上杉領であった武蔵や、此度の戦で主戦場となった上野など多くの地域で未だ小競り合いが続いている状況にある。

 それに加えて北関東の諸大名らの参戦である。

 北条が今後今川と関わりを保とうが断とうが、葛山の影響力は落ちるであろうと容易に想像出来た。


「・・・わかった。一か八かその策に乗ろう。だが下手人捜しは続けよ」

「ではそれに関しては我ら栄衆が動きましょう」

「あぁ、落人頼んだぞ」


 落人はそのまま姿を消した。残る時真と昌友は俺の指示を待っている。


「水軍衆の捕虜に関してであるが、やはり捕虜解放のために金は支払う。見殺しには出来ぬからな。そのための金を予算より捻り出せ」

「お任せください」


 昌友が頷く。

 そして俺は時真を見た。


「時真、しばらく親元と役目を替わってくれ。あやつを水軍衆に戻す」

「よろしいのですか?」

「あぁ、奴らが思った以上に手強い。水軍衆の戦力を底上げする。引き渡す分の金を取り返すほど親元には暴れて貰う」

「では引き継ぎを行うとしましょう。行って参ります」


 2人ともに役目を与え、揃って出て行った。


「二郎丸、いるか?」

「はい!ここに」

「久の元へ向かう。供をしてくれ」

「かしこまりました」


 襖の向こう側で声が聞こえる。じゃっかん声が籠もったのは頭を下げて言葉を発したからであろう。

 しかし今、久に会ってもよいのだろうか?先ほどのこともある。

 心配されるだけのように思える。しかし顔を出さねば結局は同じか。


「では行こうか」


 久しぶりに鶴丸とも会える。そう思うと幾分か気分は軽くなったようにも思えた。

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