171話 信頼に値する情報
信濃国伊那郡 一色政孝
1566年秋
「ただいま戻りました」
「おぉ、それで家来の方はどうだったのだ?」
「それが・・・」
ここで閃いた。先ほどの秀吉の話をここでしてしまえば良いのだ。
そしてあやふやな情報として提供し、あとの判断はここにいる皆様にお任せすることとしよう。
俺は自身の席に座り直して、真面目な表情で各々の顔を見渡す。
「如何したのだ?」
氏興殿が尋ねられたことで、しっかりと全員の意識を集めることができた。
「実は先ほどの件、呼ばれた場所へ行ってみたところ近くの村から避難してきたという民が私の家臣である者に、食べ物を恵んで欲しいと頼んできていたのです」
「それで?」
「身元が判断出来ぬ故、迂闊なことが出来ぬと困り果て私を呼んだそうなのですが・・・」
「政孝殿はその者をどう判断されたのだ?」
保成殿が興味深げに尋ねられる。俺はそれに頷いてもったいぶる素振りをしながら続きを話す。
「何かこの近辺で起きた出来事を話して欲しいと言うと、我らにとってそうとう有益な情報をその男は話しました。織田勢はこの地より西の地で武田勢と戦い潰走させた、と。その後織田勢は信濃に侵攻してくるわけではなく、美濃の方面へと引き返していった、と」
「・・・難しい話だな」
親矩殿が困惑したように一言。それに合わせてこの場にいる全員が頷く。
「その者の言葉、果たして信じられるのかどうか」
長照殿が他の誰もが思っているであろうことを言われた。また全員が頷く。
「私としては一応その話も念頭に置いた上で慎重に警戒しながら進むべきであると思います。どのみち先行するのは私達ですから、万が一の時にもその責は負いましょう」
一応信長が俺をだまそうとしていた場合も考慮してそう言っておいた。
今川の別働隊を一網打尽にしようとした策かも知れない。それに俺が死ねば先ほど秀吉が言っていた話を知る者もいなくなる。簡単に口封じができるわけだ。
「それはならぬ。その話を支持するもしないも大将である私の判断なのだ。全ての責は俺にある。織田勢もしくは武田勢とぶつかった場合は真っ先に私が兵を連れて駆けつけよう」
「氏興殿、そのお気持ちだけで嬉しく思います。ですが氏興殿は我らの大将。その身お大事にお願いいたします」
俺の言葉に親矩殿が大きく頷かれた。それを見た氏興殿はあまり納得したようではなかったが、大将が負傷や討ち死にすれば俺以外の者らにまで被害が及びかねない。
その辺も分かっておられるから渋々と言った様子で頷かれる。
「政孝殿、安心されよ。万が一の時には俺がすぐに助けてやるわ」
「私も同じくでございます」
親矩殿と長照殿が俺の救援に手をあげられた。あまり態度にも言葉にも出されていないが、長照殿は先日の一向一揆の鎮圧戦に際して俺と共同で東条城攻略を任されていたにもかかわらず、早期離脱したことを相当気にされているらしい。
此度の戦もまだ傷が完全に癒えていないにもかかわらず参戦しており、随分と氏真様も心配されていた。
「では万が一の時にはお二人に援軍をお願いしましょう。これで安心して進軍出来ます」
という具合にうまく話を纏めておいた。
さてではここからがある意味本番だ。現状秀吉の話が本当かどうか分からないが、本当だった場合のために一手打っておく。
信長が氏真様と手を取り同盟を結びたいというあの話。
もし実現せぬとも、明言さえしなければ問題ない。
「しかし何故故織田勢は退いたのか・・・」
俺の問題提起に全員が「確かに」と頭を悩ませた。
だがこれ以上は俺から何も言わない。どういう判断を下されようとも、俺が迂闊なことを言って何かに誘導していると勘繰られる方が都合が悪い。
今の今まで忘れていたが、泰朝殿のあの一件のこともある。
この戦が終われば氏真様に報告されるのだから、今あまり織田寄りのことを言ってしまうと本当に疑いがかけられる。
「自国の民を動員してまで信濃に侵攻してきて、何の成果もあげずに退くなど・・・」
「しかし織田の当主はあのうつけ殿ですぞ?そのような者の考えなど我らにはわかりますまい」
「確かに・・・」
結局この場で答えは出なかった。だが、信長の不審な行動自体は頭の片隅に残ったはずだ。
そして今後もそのことを各々で考え続けるはず。
もし本当の目的に気がついた者がいたら。そしてその結果、俺と同じことが見えた者がいればそれは大きな味方となるだろう。
「・・・あまり考えても仕方がないようです。それよりもそろそろ先を急ぎませんか?雨は止んだようなので進めるだけ西に進みましょう」
「それもそうだな。では引き続き先行を頼んだぞ」
「お任せを」
時真らの待つ陣へと戻り、先ほどの話で決まったことをみなに話した。そして、秀吉から聞かされたうちの一部も話してこれから西に進むことも告げる。
多少なりとも不安げな声もあったが、決まった限りは進まねばならぬ。
まだ日の高い内に俺達は再び馬を進ませた。
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