141話 商人的思考
大井川城 一色政孝
1565年秋
「ようやく戻って来たのか。此度は随分と長くこの地を離れていたのだな」
「政孝様がお呼びだと聞いたのは随分と前なのですが、そのご命令よりも重要な儲け話がありましたので遅れた次第にございます」
まるで悪びれた様子も無く庄兵衛は頭をペコペコ下げた。とは言っても俺と庄兵衛に主従という関係は無い。お互いに利があるから繋がりを保っているに過ぎない。だから俺の命よりも重要だと思うことがあれば、全然遅れてきて貰っても良いのだ。
「それにしても俺の命より重要な儲け話とは気になるな」
「さすが政孝様。しかしこの情報は我ら商人だけでなく政孝様を含めた御武家様にも重要なものとなりましょう」
手がごますりのように動いている。
何を言いたいのかすぐに分かった。つい先日雑賀に種子島代を払ったから無用な出費は極力避けたいのだが、ここまで言わせる重要な情報とやらも気になった。
「幾らだ?」
「これほど」
庄兵衛が指でその額を示した。頭が痛くなるような額であったが仕方あるまい。俺が昌友に頭を下げればよいだけだ。そう、それだけで済む。
「次の取引でその分上乗せして払う。それでも良いか?」
「もちろんですとも。政孝様のことを信用しておりますので、お代は後払いでも問題ありません」
「それで?」
「はい、日ノ本の副王とまで呼ばれ、幕府の権力を将軍家から剥がし、政所執事である伊勢家を従え幕府を思うがままに操っていた三好長慶様がお亡くなりになりました。此度の儲け話とはその葬儀が京にて行われたことで出来た話にございます」
「三好長慶が死んだだと?それはいつのことだ?」
「公方様が本願寺や六角と敵対していた各大名との和睦をとりまとめた頃にございましょうか」
なるほど、今ならば三好をどうにか出来ると踏んだのか。だから圧倒的劣勢であった六角や本願寺を和睦で救いつつ、浅井を近江守護に任じて幕府側に取り込もうとした。第二の六角に仕立て上げるために。
しかし浅井は信長と盟を結んでいるはずだ。そのことも分かった上での事なのだろうか?もし知らない、または忘れているというのであれば間抜け以外の何物でも無いぞ。
「それでその葬儀とやらはどんな様子であった?」
「いくら幕府を手中に収めていたとはいえ、親三好派と親足利派がいるのはまぎれもない事実です。葬儀自体は三好家によって盛大に行われましたが、参列者はあまり多くなかったとのことで」
「そうか、それで三好家はまだまだ安泰であると思うか?」
現状三好の状況を生で見たのは庄兵衛だけだ。商人的視点になるのは仕方がないにしても、やはりどんな状態であったかは気になる。
「嗣子である義継様は、松永久秀様と内藤宗勝様のお側におられました。しかしその周りには他の三好本家の人間はおりませなんだ」
「長慶亡き後、三好は割れそうだと?」
「少なくとも畿内の制圧を担った松永様と内藤様は、三好の方々に良くは思われていないでしょうな」
「なるほどな、わかった。良い情報であった」
庄兵衛は「いえいえ」と手を横に振り謙遜した様子で話を切った。良い情報でなかったのであれば、支払いもしなくていいのでは?と思ったが信頼関係が崩れかねないため、口を閉じる。
「それで政孝様のご用件とはいったい?」
「そうであった!完全に忘れていたわ」
「こちらも大事なお話なのでしょう?」
やや呆れた様子の庄兵衛の視線を躱しつつ、早速話の本題へと移る。
「雑賀の者らと縁を持ったのは知っているな?」
「はい。種子島を30丁ほど買われたのでしょう?相変わらず思い切った買い物をされる」
「あれは断れぬ状況に持ち込まれていただけだ。悔しい話だ、まったく」
俺が冗談めかして言うと、庄兵衛も可笑しそうに笑い声を上げる。
「商人のことを一番分かっておられそうな政孝様がそこまでいいようにやられるとは、雑賀の商人もなかなか良い腕をしております」
「次、雑賀に行った際にはそう煽てておいてくれ。多少安くしてくれるやもしれぬ」
「ならぬでしょう。聞いた限りしっかりしている者のようでしたので」
だろうな。そもそも佐助らに種子島を売り込んだのは守重ではなさそうだった。別の雑賀衆の者が一色港に入っていたのだろう。
「それで種子島を今川家中で使いたい。俺だけが持っていても意味が無いからな」
「では我らが雑賀で種子島を買い入れ、それを今川様に買って頂くということですかな?しかし誰もが政孝様のように儲けているわけではありません。果たして商売が成り立つのかどうか」
「そこは考えている。俺も雑賀衆と同じやり方を採用するつもりだ」
というわけで早速庄兵衛に俺の考えを話した。
最初は種子島の強さを知らぬ故、高い買い物に手を出してくる方は少数だろう。だから買う気があるものの値段が高いと言われる方々には、一色が何割かを肩代わりしてとりあえず購入して貰う。
そして実際に使って貰い、その暴力的な威力に魅了された方々に全額自腹で買って貰うという算段だ。
貸した金を直接返して貰う必要は無い。年末には商人らを通して返ってくるからな。そういう仕組みだ。
「それならば・・・、おそらく問題ないかと」
「あとは火薬だな。一応調べてはみたんだが、火薬は日ノ本では作られていない。まぁ当然か、火薬なんてものが活躍する場が無かったからな。だから火薬も雑賀より取り寄せる。火薬に関しては基本的に商人を頼ることになるから、よろしく頼むぞ」
「これはまた美味しそうな儲け話を」
目の前に金が転がってきたと庄兵衛は嬉しそうだ。俺も兵が強くなって嬉しいし、いずれは今川も強くなってさらに倍嬉しい。
「これはのんびりしていられませんな、早速雑賀へと船を出しましょう。それと大湊は如何されますかな?」
「今年いっぱいは現状を維持させよ。会合衆の者がそれでも良いと。あの者らを信じられると思ったら、今まで通りの関係に戻って欲しいと言ってきた」
「その者もよく見えておりますな。商人がどうあるべきか、ということも」
「そういうわけだ。しばらくは雑賀で儲けてくれ」
「ははっ!今後とも我ら商人をよろしくお願いいたします」
出て行こうとした庄兵衛を俺は慌てて止めた。何やら外からの視線が鋭いのだ。俺もついつい楽しい話で忘れていた、今日は庄兵衛に高瀬姫を紹介するのであったわ。
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