126話 織田の拡張方針
清洲城 織田信長
1565年春
「五郎左に清洲城を任せることとする。しばらくは長島城と服部党を押さえ込むための城造りに尽力せよ」
「かしこまりました。殿はどちらに移られるので?」
「俺は稲葉山城へ入る。これよりは武田、そして三好と朝倉を敵と見据えた拡張をすることとなろう」
五郎左が了解したと頭を下げると、俺の正面より下がる。替わって正面に来たのは彦七郎であった。
昨年末、最後の伊勢侵攻で桑名を完全に制圧し伊勢への足がかりを得ることに成功した。また盤石の支配を確立したことにより、長島城の蜂起以降行動に制限をかけていた近江への圧力を再開することに成功している。
「北畠が出張ってきておる。我らの最優先は長島城だ、無理に伊勢の国人衆と争う必要は無い。時に話を使って取り込め」
「話、にございますか?」
「俺には幸いにも多くの兄弟がおる。おぬしも含めてな」
「我らが兄弟を養子を入れることで、反抗したことを許すということで御座いますか」
「その通りよ。全ての者らを敵にしていてはいつまでたっても戦は終わらぬわ。北伊勢は多くの国人がそれぞれに地域を治めている地であるから余計にな」
彦七郎は承知したと頷き、同様に北伊勢方面を任せている一益も頷いた。サルは尾張へと戻し対長島の戦に向かわせるとするか。
「権六、菩提山城へ入れ。三好が若狭を獲ったことで浅井が危険な立場になった。すぐに援軍に迎えるよう用意をしておくのだ」
「はっ!・・・しかし菩提山城は竹中重矩殿の居城では?」
「すでに西美濃の各城はほとんど俺のものとなった。秀貞がその辺のことは上手くやっている。気にせず入城せよ」
「では殿の命通りに」
安藤守就は此度の一揆が平定されれば完全に西美濃の支配権を俺に譲ると言っておった。しかし現状ですらほとんどの権利が俺にあるのだ。それも友好的に手に入れたもの。やはり秀貞を許して正解であったわ。おかげで苦労なく美濃を手にすることが出来た。
「それと手こずるようであるなら長政を手伝ってやれ。南近江に兵を置くことは、伊勢への進出を遅らせることになる」
「では出陣の支度をいたしますぞ」
あとは何が心配か。そうか、一向宗の不安はまだ拭えぬな。
「飛騨方面も警戒しておくことだな。あの地にも一向宗の勢力が根を張っておったはず。加賀の門徒らと手を結んで南下でもしてくれば、武田に攻め込む隙を見せることとなる」
「そのことは俺にお任せを」
庶兄である三郎五郎が手を挙げた。俺が稲葉山城へ入ることで城を出て、元遠藤家居城の
こればかりは仕方あるまいな。
「任せる。上手くやれ」
「はっ」
他の者らにも今年の方針と、細かな動きを伝えてこの場は解散とした。
ほとんどの者が部屋より出て行ったが、数人残っておる。
またもサルと権六、それと又左もか。
「兄様、少しよろしいでしょうか?」
「市か、もう少し待て。この者らの用件だけ済ませる」
俺が残る3人の用件を聞こうと、市に待ったをかけたのだがこの者らは後で良いと断りおった。俺はお前達がいると市が話しづらいであろうと、市に対する配慮をしたつもりであったが誰もそのことには気がつかぬ。
市は特に気にする様子も俺の目の前に座った。どうせまたあの話であろう。何を言われても、まだ話は1つも進んでいないのだ。何も言うことは無い。
「義姉様に伺いました。兄様は今川家のとある者にとても興味を惹かれているようにございますね」
「帰蝶に聞いたか。それがどうした?」
この場にいる者らの中で、その正体を知るのはサルのみ。権六は何やら勘づいた様子であったがあの時ははぐらかしておいた。又左はおそらく何も知らぬはずだ。
「一色政孝様と言うのでしょう?兄様はどうしてその御方に興味を持たれているのでしょうか?」
わずかに動いたのは権六であったな。
「直感よ、今川義元を討ち取ったあの戦で孤軍奮闘の戦いぶりをしておった者らがおった。全ての始まりはそこよ」
「でもその方々も討ち取ったのでしょう?」
帰蝶、一体市にどこまで話したのだ。あまりこの場でその話はしたくないのだが。しかし聞いてしまったのであれば仕方あるまい。どうせこの話もいずれはみなの知るところになりそうだ。
「元康が三河にて独立後に、姉を今川一門に連なる者に嫁がせたのだ。それが一色政孝という男。さきの桶狭間でめざましい働きをした一色政文という男の倅よ。元康の姉はな、今川の人質時代にあの太原雪斎に教えを受けていた。才媛であるといわれていたような女子」
「そのような御方を敵であった今川家の、それも一門衆に嫁がせた・・・」
「嫌でも興味が沸こう?であるから、サルを連れて岡崎城へ向かったのよ。あの騒動はそれだ」
俺が突如として城を留守にしたあの騒動。織田に属するほとんどの者が知っているあの事件。
当然だが市も知っているであろう。
「サル!貴様、やはり知っておったか!」
「権六殿、落ち着いてくだされ」
「わしゃ、殿の命に従ったまでにございます!」
サルに掴みかかろうとしている権六を又左が必死で押さえ込む。だから言ったであろう。こやつらがおると五月蠅くて話が進まぬのよ。
「もしや兄様が私の嫁ぎ先にと考えているのは・・・」
市はある結論に至ったようであったが、それはまだわからぬな。俺としてもたしかに一色と縁を持ちたいとは思っている。それは個人的興味だけではなく、織田が得られるであろう利を考えても良い話である。俺は金で兵を雇っている。故にとにかく金が必要なのだ。
武家が金儲けを考えると、その重要性を理解出来ぬ者らは嘲笑するのだが、あやつはそうではない。俺と同じ発想を持っている。そう思えてならなかった。
とにかく一色と縁を持てば、一色が抱える尋常でない金儲けに俺達も参入することが出来るであろう。俺達の兵はさらに強くなる。
「元康の姉は敵地に嫁いだというのに苦労をしておらぬと聞いておる」
「ですが兄様は政孝様のお父上を討ったのでございましょう?快く迎えてくださるでしょうか?」
「さてな、それは」
俺の言葉が終わらぬうちに、話に割り込んできたのは権六であった。
すでにサルは頭を抱え顔を畳に埋めており、又左は廊下の方へと投げ飛ばされた後であった。
「なりませぬぞ、殿!殿は既に尾張と美濃を押さえる大名に成長したのです。いくら利用価値があるからとはいえ、敵である今川の、それもただの一門衆に嫁に出すなど!」
「・・・あまり大きな声で怒鳴るな。じゅうぶんに聞こえておる」
俺の態度でだいたい心中を察したか。大人しく座り直した権六は市へ詫びの印として小さく頭を下げた。
「一色に嫁がせるというのは冗談だ。さすがに権六の言うとおりである」
「では、」
「言ったであろう。あの話が分かった頃に、嫁ぎ先も分かるであろうと。答えは出たのか?」
市は横に首を振った。であるならば、縁談もまだ先の話。焦ることも無いがな。
「結論が出たときにまた俺に話をしに来れば良い。とは言ってもこれよりは稲葉山城へ居城を移す。その支度で忙しくはなろうがな」
またもはぐらかされたと感じた市は不満げであったが、たしかに市も年頃の娘。適齢期を逃すのはさすがに可哀想か。
やはり早々に決着をつけるべきであるな。
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