第50話 室町将軍であるために
室町第 足利義輝
1561年冬
「公方様、尾張の織田に付けていたものから文が届きました」
「なんと言うてきたのか」
奉公衆の1人である
「織田信長が先日、犬山城を落としたように御座います。犬山城主織田信清は行方知れず。織田家中では斎藤領か武田領に逃れたのではないかといわれているように御座います」
「そうか。織田信長がようやく尾張を獲ったか。2年前に会ったときには大義が欲しいと言うてきたが、まさかあの男が成すとはな。見誤ったか」
「ですが人を付けて送り出したのもまた公方様に御座います。まだ織田は我らを頼りましょう」
藤英は文をしまい自身の座るべき場所に戻っていった。
それにしても未だ幕府の実権は取り戻せていないままである。予は京におるというのに、幕府を実質動かしているのは政所執事である伊勢であり、
何度も周辺の者らを味方に付け戦ったが、何度も負けそして京を追われた。三好と和睦がなりようやく京に戻ってこられたと思ったらこのざまなのだ。
予には何もない。ただ将軍という中身のない肩書きだけが残った。
「織田に使いを送ろうかと思う」
「使いで御座いますか?尾張統一の祝いに御座いますか?」
口を開いたのは先ほど文を読み上げた藤英の弟である御供衆の
この者、聡明であるが故に予の言葉全てに疑問を投げかけてくる。みなが予の押さえ役と呼んでいるのは知っておるが、それは予にとって非常に不愉快なものであった。しかし、藤英・藤孝の父には予の父の代から世話になっておる。無下には出来ぬのが実態。
「そうよ。織田信長を正式な尾張国守護として幕府より認める。信長は予に感謝し、今後幕府のため力になるであろう」
「尾張守護を任じられている斯波家は如何されるおつもりですか」
「
「しかし織田信長殿は幕府にとって縁もゆかりもないものに御座います。方々からの反発は避けられませぬぞ」
「ならば結べば良いであろう。・・・そうであるな。藤孝、そちが尾張に向かい信長と話をせよ」
これで邪魔者を室町第より追い出せるではないか。藤孝には幕府にとって重要な案件を任せているという体で通るであろうしな。
「私が、に御座いますか?」
「そうである。細川藤孝には正式な使者として尾張に向かって貰う。今書状を用意させる。事は一刻を争うな。すぐに支度をせよ」
こう言ってしまえば藤孝が反論することなど出来ぬ。口惜しげな顔をしておるな、さっさと尾張に行くがよい。
藤孝の退出で沈黙が流れたのだが、沈黙を破ったのは
「公方様、ひとつ気になることが御座います」
「晴舎か、如何した?」
「今川義元様が桶狭間でお亡くなりになって以降、今川家中がやはり安定しておりませぬ。三河では元々今川の庇護下にあった松平家が独立を果たしたようで・・・。ここ数ヶ月、三河では今川様と松平家による小競り合いが続いているようで御座います」
「それは真か?」
「はい」
今川とは足利にとって同族であり非常に重要な家柄。足利幕府にとって重要な立場であった一族が次々と没落している現状、織田に大敗をしたとはいえ2国を有している今川はまさに幕府が守らなければならぬ家であった。
しかし他の大名家と同様に和睦の仲介を行えば、それは今川の面子を守れぬのではないか?今川には触れず、三河を牽制する方法・・・。
「なにか良い方法は・・・、晴舎よ、何か良い案はないか?」
「織田と斎藤の和睦を仲介しては如何でしょうか?織田にとって隣接する三河が敵のままでは困りましょう。今川様と織田の挟み撃ちで三河を平定し、その後に公方様がこの両者の和睦を仲介されれば問題ないかと。尾張守護家と駿河守護家を取り持たれるのは将軍様として当然のことに御座いますゆえ」
「たしかにそれもそうであるか・・・。よしわかった。藤英は藤孝と共に尾張に向かい美濃斎藤家との和睦を交渉せよ」
「かしこまりました」
「晴舎は美濃に向かい、織田との和睦を交渉せよ」
「御意に御座います」
これで三河の松平は南北に敵を抱えることになる。これでは迂闊なことも出来ぬであろう。松平がその対策に追われているうちに今川には家中をとりまとめて貰い、再度東海を制圧する。尾張も予の配下となれば東海一帯の兵力を三好にぶつけることも出来よう。ここまですれば長慶にも負けぬ。
ようやく幕府を取り返すことが出来るのだ。
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