第26話 一色政孝見物
清洲城 織田信長
1561年秋
「木下藤吉郎殿が参られました」
「殿、お呼びでしょうか」
俺が小姓に呼びに行かせてようやくサルが来おった。随分と待たされたものだ。
「遅いぞ!急げと言っただろう!」
「申し訳ありませぬ!」
部屋へと入ってくるなり即時に両膝をつき頭を下げる。その動きの速さはまことにサルである。
「付いてまいれ。岡崎城へ参るぞ」
「はっ!・・・はぁ、岡崎でございますか」
「そうだ。岡崎城だ」
「しかし徳姫様の御婚姻はまだ先の話だったと思いますが」
勘の悪いサルだ。常に情報を仕入れておけと桶狭間での戦の後何度も言っているのだがな。特に今川、斎藤の情報はいくらでも欲しいときだ。
そんな中で岡崎に行く用件が分からんとは。しかし此度呼んだのは他の誰でもなくサルでなければいけぬのだ。
「サルよ」
「何でございましょうか」
「今川に一色という家があるのを知っておるか」
「存じておりまする。服部殿に一太刀浴びせたものがそう名乗ったと記憶しておりますが」
「その倅が今は当主になっておる。そしてその者に三河の元康が姉を嫁がせるのだ」
一瞬思考を巡らせたサルはすぐに理解できたようである。
「才媛と言われたお久様にございますな。てっきり殿の元へと嫁がれると思っておりましたが」
「俺もそう交渉されると思っておったわ。しかし元康は一色に嫁がせたようだ。ぬしはこの話を聞いてどう思う」
「その一色某とやらただ者ではないのではないかと思いまする」
「俺も同意見だ。しかも今川の元に残りながらその婚姻を纏めたのだ。今川家中においても信のある者であると思われる。興味が出んか?」
「某は出ますが、殿がお気にされるほどであると?」
「そういうことよ。そしてこちらから放った忍びの情報によると海路を使って岡崎に向かったようだ。久姫を迎えにな」
「なるほど・・・」
イマイチ分かっておらんか?では、これで分かるであろう。
「俺はその一色某とやらの見物に行く」
「・・・まさか某を呼んだのは!?」
「家臣の中ではサルが一番俺に従うからな。岡崎まで供をせよ」
驚きで固まっているのはいつものことよ。桶狭間での決戦の時もサルは、いや他の者らも固まっておったな。その中で最初に正気を取り戻し俺に着いてきたのがサルだった。
であるから今回も呼んだわけだ。
「しかし、この時期に殿が尾張より不在になることはあまりにも危険です。どのような者か見るのであれば別の者に祝いの品を持たせればよろしいのではないでしょうか」
「分かっておらんな。他人の評価ほどあてにならんものは無い。俺の目でみて確かめるのが一番確実ではないか」
「たしかにその通りですな」
もう反論は無いか。
では行くとしようか。岡崎城へと。
「急に殿が姿を消されると家臣衆の皆様が動揺されますぞ」
「安心せい。帰蝶には伝えておる。しかしあの者らが帰蝶に事情を聞いた頃にはすでに三河に入っておる頃だろうがな」
笑ってみたがサルの表情は固まっておる。まことに仕方の無いやつじゃ。
「そう不安がるな、各地の宿場町には協力者を用意しておる。馬を乗り換えながら一気に岡崎まで向かうのだ」
「は、・・・ははぁ!!」
ようやく観念したのか、それとも覚悟を決めたのかは知らんが俺の命に従う気になったようだ。
では行くとしようか。岡崎に来るという一色政孝とやらの見物にな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます