一松同盟

第23話 幼き頃より見せる片鱗

 岡崎城 久姫


 1561年秋


「政孝様より書状が届いておりますよ、元康殿」


 とある部屋へ顔を出すと、そこにいたのは弟とその奥方である瀬名殿。あとは弟とともに岡崎城を奪取した服部はっとり正成まさしげが座っていました。

 どうやら私が部屋にやって来たことで、話を止めてしまったようです。

 しかし私にも急ぎの用がある。話を遮ってしまったことは悪いと思いながらも、遠慮無く部屋の中へと入ります。


「これはお久様、如何なされましたかな」

「大井川城の政孝様より文が届きました。私と、そして元康殿にもです」

「ちなみに前回と同じ方法ですかな?」

「えぇ、政孝様の忍びだと名乗る者が私にと」


 そう言うと弟と正成は顔を合わせて苦笑しました。そういえば正成は三河の生まれなれど、その父は伊賀の豪族だったはず。なんでも伊賀上忍御三家と呼ばれる家の1つであったとか。

 なるほど。先ほどの苦笑にはその意が込められていたのですね。声には出さずに、私は納得して歩を進めます。


「申し訳ありませぬ。またやられてしまいました」

「気にするでない。まだ一色は我らの敵では無いのだ。敵で無い内に強くなれば良い」

「殿のご期待に応えられるよう努力いたします」


 そう言うと、正成は私と入れ替わるように部屋から出て行ってしまいました。

 残ったのは私と弟と瀬名殿のみ。


「私も席を外すべきでございましょうか?」


 瀬名殿は不安そうに弟へと尋ねています。


「心配するでない。そなたはここにおればよい」

「そう、でございますか?ではお言葉に甘えさせて頂きます」


 弟夫婦の甘ったるいやりとりをどのような目で見れば良いのか、毎回の事ながら迷ってしまいます。

 ですがここで引くわけにもいきません。こちらも遠慮無く正成が座っていた場所よりさらに元康殿が正面に見える場所に腰を下ろしました。


「ちなみに私の文には戦の後処理に思ったより時間がかかったため、米の収穫が終わった頃に迎えに行くと書いてありました。もう少しお待ちくださいとのことです」

「そうでしたか。さて、ではこちらの文は」


 封を開き、紙を広げて読み始めた弟は何も言わずにそっと文を閉じました。その顔からは、僅かばかりの焦りがあるようにも見えます。


「殿?どうされたのですか?」


 そんな弟の挙動に違和感を覚えたのは、瀬名殿も同じであったようです。私よりも先に我慢が出来ずに声をかけてしまいました。

 その声で我に返ったのでしょう。


「・・・おそらく政孝殿からの警告であろうな」

「「警告?」」


 私と瀬名殿の言葉が重なる。小さく頷いた弟はこう続けました。


「引馬城での一件は無事片がついた。またその騒動に関連して、私に繋ぎを持とうとしておった家臣らが数名おったそうで。その者らは引馬城主であった飯尾連龍を利用してこちらに寝返る算段を付けておったらしい」

「でもそのことを元康殿は知らなかったのでしょう?」

「はい、飯尾連龍にはたしかに私が声をかけました。引馬城を押さえれば、今川からの侵攻を防ぎ、三河の統一が容易になると思ったからでございます。ですが今ここに名の上がっている者らに関しては話を聞いてはおりませんな」

「どさくさを狙ったということでしょうか」


 なんとも汚いやり方だと思ってしまいます。しかし、それも含めて生き残るための術なのでしょう。ここに書かれている方たちも家を残すために必死なのだと思い直しました。

 元康殿も今川様も、そして政孝様も必死でこの乱世を生きようとされている。

 それをただ汚いやり方だと一蹴するわけにもいきません。それは・・・、それは元康殿のやり方すらも否定することに繋がりますから。


「しかし鵜殿長持は覚えております。今川家三河衆の1人でありました。たしか今も我らに従わない倅が三河領内におるはずですな。上ノ郷城城主、鵜殿長照と申す者。長持はその者の父であったかと。そうかこの者も処断されたのだな。惜しいことをしたか・・・。上手く使えば、上ノ郷城と吉田城を手中に収められたやもしれぬというのに」


 弟の邪魔をせぬように少し距離を置いて座っている瀬名殿。私がなんとなく見ていたからでしょうか。彼女もまた私を見て首をかしげました。

 いけませんね、暇を持て余している。何か話題を出しませんと。


「瀬名殿は一色家をご存じですか?」

「もちろんでございます。伯母に当たる華様が嫁がれていますから。今の今川における一番新しい一門衆でございます」

「では現当主である一色政孝様については?」

「そうですね・・・。私はあまり直にお会いして話したことはございませんが、殿はよく氏真様と共に3人で遊ばれていました。そして太原和尚様によく怒られていました。一番怒られていたのが政孝様でした」

「まぁ!そうなのですね?幼き頃は腕白だったと?」


 今は腕白というよりも、切れ者だという印象がある。今もこうして弟の頭を悩ませていますし、織田との関係も考慮した上で一色に配慮したことからも、政孝様の存在を無視できないものとして見ていることがわかります。


「腕白ではありました。しかし勉学も得意で雪斎様にはよく褒められていたと記憶しております。私と同じ年頃の娘たちは政孝様に嫁ぐことを望んでいた者も多かったと聞きます。将来が有望であると。前の戦でお亡くなりになられた先代の政文様も、御当主様からの信任は篤かったようですので」

「では瀬名もそう思ったのか?」


 突然話に入ってきたのは、ややしかめっ面の弟でした。男のくせに焼き餅とは・・・。


「いえ、私は守ってあげたくなる殿方を好んでおりましたので」


 ついつい笑ってしまったのは仕方がないとしか言えません。

 岡崎城を出る前に表情が引き攣った弟のあのような顔を見れて満足です。そしてそれを引き出してくれた瀬名殿には感謝をせねばなりませんね。

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