第9話 井伊谷会談

 井伊谷城 一色政孝


 1561年春


「直盛殿、わざわざこのような場を用意して頂いて忝い」

「なに、政孝殿。気にされるでないぞ。むしろこのような会談の場に井伊谷を選んでもらえたこと誠に光栄であると思っておる」

「そう言ってもらえると、こちらとしても安心出来ます」


 井伊直盛。史実では桶狭間で死んだはずの人物。そしてその後を継いだのが直盛の弟、直満の子であった直親だ。あの有名な井伊直政の実の父にあたる人。

 しかし現在、直盛は健在なわけだから直親・直政はどうなるのだろうか。

 そんなことを思っていたとき、


「養父上、松平元康様が参られました」

「おうわかった、直親。政孝殿、こちら私の養子になっております。直親にございます。元は従兄弟になるのですがな」

「なるほど・・・。5年ほど前に戻られたと聞いていましたが、ご無事で何よりにございます」


 今川の家臣である小野政次殿の父政直殿に、直親殿の実父は嵌められて殺されている。なんでも直親殿が直盛殿の養子となり、嫡子になることを反対したために義元公に讒言したとされている。

 実子である直親殿にもその手が及ぶことを恐れ、一時期信濃のほうに身を隠していた。5年程前に政次殿の父が亡くなったためにこの地に帰ってこられたということになるわけだが・・・。


「そのこともご存じでしたか。お耳が早いですな」

「いえ、情報とは常に集めておらねば気が済まないたちでして。私の父ももう少し情報を重視しておれば今も生きておったかもしれんと思うと、手を抜くことは出来ません」

「そうでしたか・・・。私は政孝殿のお父上に命を救って貰いました。しかし政文殿は・・・。私は、政孝殿の目の前でいうことでもないやもしれませんが、あの方の分まで目一杯生きようと決心いたしました」

「そうだったのですね。よい話を聞かせて頂きました。さて元康殿を待たせるわけにもいきませんな。そろそろ行きましょうか」

「そうですな」


 にしても、直盛殿が生き残ったのは父が助けたからだったのか。それは知らなかった。っていうかそれなら今川に残るべきだろうに・・・。

 井伊と小野は因縁がある。井伊直親もまた小野政次の讒言によって死んでいる。

 その後井伊家は井伊谷を追われ、代わりに小野政次が井伊谷城へと入ったというわけだ。

 今回も井伊家の動きを見ていればそれでいいのでは無いかと思ってしまう。そして井伊家を我らが松平に先んじて保護する。これでハッピーエンドにはならないだろうか?

 ・・・駄目か。何事もそう上手くは進まない。


「お待たせいたしました」

「待たせてしまったのは我らのほうでありましょう」


 元康の隣には見目麗しい女性が控えている。なるほど、この方が元康の姉、お久様か。

 ん~、あまり元康には似ていないな。でも実の姉だという。不思議なものだ。


「一色様?私の顔に何か付いておりましょうか?」

「いゃ、失礼いたしました。あまりにもお美しく、ついつい見とれていたようでございます」

「本当ですか?フフ、嬉しゅう御座います」


 顔を隠しながら笑っても、隠しきれないそのオーラ。とても美人だと思った。いや、まぁ確かに松平が今川に従っていた時代から噂にはなっていた。何故あの美貌を持っていながらどこにも嫁がないのかと。

 そうか、元康にとってこの姉は切り札だったわけだな。最も松平にとって有益なところに送り込む。

 ・・・光栄だな。


「直盛殿、申し訳ないが」

「分かっていますとも。井伊谷城の一室を我らはお貸しするだけ。それ以上の深入りはいたしません。どうかゆっくりとお話しされよ」


 そう言って直盛殿と直親殿は下がっていった。

 さてここからが本番だな。

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