幕間 オラこんな土地イヤだ

 その日、庭に植えてあったイグドラシルの一本が二足歩行で俺の元へと挨拶にきた。もちろんそれを見た使用人たちは悲鳴を上げた。


 抜きたてのマンドラゴラ……じゃなかった、子株のころのイグドラシルに比べると、その見た目はまだマシだったが、それでも人面樹であることには変わりはない。


「どうしたんだ、急に?」


 正直、今の俺の顔も引きつっていると思う。隣にいるイーリスのように。さすがのミケも毛並みが逆立っていた。


「実はお願いがありまして……」

「お願い? 一応聞くだけ聞こうかな」


 できれば早いところお引き取り願いたい。そのためには話を聞いた方がいいだろう。


「そのあの、オラ、もっと仲間を増やしてぇと思いまして」

「は、はあ」


 仲間を増やしたいということは、もっと繁殖したいということなのだろう。

 やや辺境に近いところにある子爵家の庭は広い。その広い庭には結構な数のイグドラシルが植わっているんだけど、それでもまだ足りないのかな?

 思わずイーリスとミケの三人で顔を見合わせた。そしてそろって首を左に傾けた。


「それで、新天地を求めて旅に出ようと思いまして……」

「はあ」

「それで、ぜひともその許可と、オラに名前をつけていただきたいと思いまして……」

「はあ」


 名前? どうしてみんな俺に名前をつけさせたがるんだ。何だか俺が責任者みたいじゃないか。視線をイーリスに向けると小さく首を左右に振った。ミケも……どうやら同じようである。


 どうしたものか。イグドラシルの生育は順調に行われている。一本や二本、どこか知らない遠くの町へ行っても、さしたる問題はないだろう。

 それじゃ許可するか。ここでごねられて居座られると使用人たちの仕事の邪魔になる。


「分かった。許可しよう。名前は、そうだな『イグゾー』はどうだ?」

「イグゾー、いい響きです。オラ、気に入りました。ありがとうございます、お館様」


 その場でハハァとフサフサの頭を垂れた。あれ? いつの間にか俺がイグゾーのお館様になってる。視線をイーリスとミケの方に向けると、全力で目をそらされた。私たちは何も見なかったし、聞かなかったの構えである。何で俺だけ……。


 俺が遠い目をしていると、名残惜しそうにイグゾーがこちらを見ている。いや、別に名残惜しくないから。早いところ旅に出てくれ。何なら魔王を倒しに行ってもいいぞ。そんなやつがいるのかどうかは知らんけど。


「そうだ。オラ旅の途中でお金に困るといけないので、何とかお金を稼ぐ手段を手に入れようと思いまして、歌を作ったんですよ。それで吟遊詩人みたいにお金を稼ごうと思いまして。これでもオラ、みんなから歌が上手だと言われてるんですよ」


 得意げにイグゾーがそう言った。左様ですか。そんな話、特に聞いていないし、興味もないぞ。どうでもいいから早く出発してくれ。「イグゾーが行くぞー」とか言いながら。


「それで、せっかくなんでお館様にも聞いてもらいてぇです」

「はあ」


 何だろう、もしかしてイグドラシル社会で有名な歌があるのだろうか? だとしたら、古代文明時代のことを研究している人たちにはすごく貴重な資料になるのではないだろうか。殿下とか喜びそう。


 確かイグドラシルは太古の昔から存在している樹木だったはず。そして分裂(?)して子孫を残すなら、古い記憶も受け継いでいるはずだ。ひょっとすると研究者たちにとっては、生きたイグドラシルは喉から手が出るくらい欲しい生き物なのかも知れない。


 そんなことを考えていると、コホン、とイグゾーが一つ咳をした。


「それでは歌います。イグゾーで『オラこんな土地イヤだ』。ハァ~、地力もねぇ、水もねぇ……」

「スタァァァァーップ!!」

「うお! どうしたんだ、ミケ?」


 ミケが慌ててイグゾーが歌うのを止めた。こんなに慌てるミケを見たのは、ミケのお菓子を隠したとき以来だ。あのときは大変だった。イーリスと二人がかりで三時間ほど正座させられて怒られたからな。

 女の子のお菓子を隠してはならない。そう胸に刻んだね。


「なぜだか分からないけど、その歌、ものすごく良くない気がする。背中がぞわっとした。神は言っている。その歌を歌うべきではないと」


 マジか。また適当なこと言ってないよね、ミケ? ……いや、あの脅える様子は間違いない。本物だ。あんな姿を見せるのはミケが母上に怒られたとき以来だ。


「イグゾー、その歌を歌うの、禁止な」

「そ、そんなぁ~」


 なおも食い下がるイグゾーだったが絶対に認めなかった。あの頭の中がお花畑のミケがあそこまで脅えるんだ。ガチでヤバイやつだろう。


「……ちょっとテオ。何か失礼なこと考えてな~い~?」


 ミケの緑色のキャッツアイがギラリと光った。時々思うんだけど、俺とミケの心って、どこかでつながってない? 心を読まれているような気がするんだけど。一方的に。


「考えてな~い」


 俺は両手を肩の高さまであげた。そんなものは知らぬ、の構えである。ミケは疑っているようであったが追い打ちをかけるのはやめたようである。それはそれで後からが怖いな。


「お館様がそこまで言うのであればやめます。歌は他にもありますから」


 少し肩を落としたように見えたイグゾーだったがすぐに気を取り直したようである。お金か。その辺の地面に根ざせばいつでも栄養補給できるだろうに、一体何に使うつもりなのだろうか? でも何かに使うんだよね、きっと。


「待った。イグゾーに軍資金を進呈しよう」

「ほ、本当ですか、お館様! ありがとうごぜえますだぁ!」


 その場でイグゾーが土下座した。イグドラシル界隈にも土下座という文化があることに驚きを隠せなかった。いや、もしかして、イグドラシルが土下座の文化を人間に教えたのかも知れない。

 これは研究者たちが夜も眠れなくなる案件だ。これ以上考えてはいけない。



 後日、庭の片隅にイグゾーの姿があったが、俺たちは見て見ぬ振りをした。これ以上、イグドラシルに関わるのは危険だ。だからツッコミはナシだ。

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