第28話 問題

 アウデン男爵の顔色が絶望に染まった。確かに、いかに俺が大量の魔力を持っていたとしても、国中に魔力を供給するのはさすがに厳しいかも知れない。これは困った問題だな。でも、何か考えがありそうなんだよね。

 あの殿下のニヤニヤ顔。似ている。ミケが悪巧みをしているときの顔に、似ている……!


「殿下、何か解決策はないのですか?」


 アウデン男爵夫人が身を乗り出して殿下に尋ねた。待ってましたとばかりに殿下が口を開いた。


「策はある。だが、前例がない。ここアウデン男爵領で試してもらえるとありがたいのだが……」


 なるほど、最初からそれが狙いか。事前に土地の魔力を調べていたのは、その試験をするための下準備か。やるじゃない。


「殿下、我がアウデン男爵領でそれを行うことを許可します。それで、我々はどうすれば?」


 良いのかな、そんなこと言って。俺なら内容を聞いてから判断するけどな。まあ、あそこまで言われて追い詰められていたらそうなるか。……もしかして、そのために追い詰めるような発言をしたんじゃ……? あ、あの顔は間違いなくそうですね。「計画通り!」っていう顔をしてる。


「これまで研究されてきた文献によるとだな、小さく砕いた魔石を土にまくことで、大地に魔力を充満させることができる可能性が示されたのだよ」

「魔石にそんな使い方があっただなんて……」


 アウデン男爵が絶句していた。それもそうだ。これまで魔石はまるで役立たずであり、ただの堅い黒い石でしかなかったのだ。それに価値が見いだせたのだから、それは驚きだろう。


 今までゴミとして捨ててきた魔石が、もしかしたら作物を育てるために重要な役割をするかも知れない。これはちょっとした騒ぎになるかも知れないな。だが、まずはここアウデン男爵領での試験だ。


 ここで初めての試験が行われるとなれば、他の地域よりも先行することができるはずだ。その利点は大きいだろう。殿下が初めて土地の改良試験を行った地としても有名になるかも知れない。


「確かに魔石は、魔物の体内に生成される核のようなものですからね。もしかしたら、魔力が結晶化したものなのかも知れません。でも、魔石はものすごく堅いですよ。どうやって砕くのですか?」


 疑問に思った俺が殿下に尋ねると、殿下はこちらを向いて器用に片方の眉をあげた。あれ? もしかして、そこまで考えてなかったの!? ダメじゃん!


「魔石を砕く方法に心当たりがある者はいないか?」


 殿下の問いかけに静かな沈黙が訪れた。みんながお互いに顔を見合わせている。だがしかし、その沈黙はすぐに破られた。


「ハイハイ! 私、知ってるわ! 魔石の結晶方向にノミを打ち込めば簡単にバラバラになるわよ」


 マンドラゴラのイグミが言った。いや、イグドラシルの根っこだったか。器用に足(?)をあげて存在をアピールしていた。


「魔石の結晶方向? 聞いたことがない言葉なだ。テオドール、あの大きい魔石を出してくれ。イグミ、どこか分かるか?」


 まるで研究者のような目をした殿下がテキパキと指示を飛ばす。国務をこなすよりもこちらの方が楽しそうである。国務をこなしているときは、いつも死んだ魚のような目をしているのにね。


「えっとね……ここよ、ここ! ここをこうよ!」


 ダメだ、サッパリ分からん。イグミが必死に教えようとしているが、だれも理解することができなかった。


「これは困ったな。結晶方向がサッパリ分からない。どうやらイグミがいなければ魔石を砕くことはできないみたいだな。小さい魔石はそのまま土に混ぜるとして、大きな魔石をどうするかだな」

「殿下、ひとまずこの魔石を砕いてはいかがでしょうか?」


 側仕えの騎士の言葉に殿下がうなずいた。


「よし、試しにやってみよう。頼んだぞ」


 騎士がノミの代わりに、イグミが指し示したところを剣で鋭く突いた。かなり勢いがあったものの、その剣はカキンと乾いた音を立てて跳ね返された。もう一度、先ほどよりも勢いよく突いたが、やはり砕けることはなかった。


「まさかこれほどまで堅いとは。申し訳ありません」


 すまなそうに騎士が頭を下げた。これはダメかも分からんね。そう思ってあきらめかけたそのとき……何だか悪い顔をしている黒い猫を見つけた。


「そう言えば、思い出したことがあるわ」

「ミケ、何を思い出したのかな?」

「魔石の砕き方よ」

「知っているのか、ミケ!?」


 ん? 何だろう、この展開。つい最近、同じようなことがあったような気がするぞ? デジャビュかな?


「確か結晶方向に指先に魔力を込めた状態で思いっきり突くと破壊できたはずよ。その名も破砕点穴!」

「はさいてんけつ~? 何かウソっぽい……」


 俺はジト目でミケを見た。ミケはこちらと目を合わせない。怪しい。だがそんな俺をよそに、世紀の実験をやりたがっている殿下が口を挟んできた。


「なるほど、そんな技術が……! テオドール、頼んだぞ」


 殿下がこちらに頭を下げてきた。多分、きっと、間違いなく、だまされてますよ、殿下! だがしかし、これは断れない……。


「わ、分かりました。善処いたします」

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