第10話 あとは若い二人で
「お待たせしてしまってすみません」
俺が挨拶をすると、アウデン男爵は目を見開いた。そしてイーリス男爵令嬢はほほを赤く染め上げた。メガネが邪魔でどんな目をしているのかは分からないが、どうやら第一印象は悪くないようである。安心した。
「イーリス男爵令嬢、こちらが私の息子のテオドールだ」
「テオドール・エフモント・モンドリアーンです。こっちは私の守護精霊のミケです。私共々、よろしくお願いします。ほらミケ、挨拶」
「ミケだよ。よろしくね~」
ミケの口調が軽い。だが余計なことは言わなかった。ならばよし。このまま良い子にしておくんだぞミケ。くれぐれもおっぱいの話はするなよ。
「お、お初にお目にかかりましゅ。イーリス・デン・アウデンでしゅ!」
噛んだー! 噛み噛みでイーリス男爵令嬢が答えた。どうやら緊張しすぎて、しゃべる猫のことは気がついていない様子だ。あとで気がついたときに悲鳴をあげるんだろうなぁきっと。何だか今から気が重い。
それにしても、この子はミケと同じ癖を持っているのだろうか? 緊張すると、噛み噛みになる癖を。
チラリとミケと目を合わせると、ミケはあきれたように首を左右に振った。まるで「あれだけ噛むなんて、どうかしてる」と言いたげである。
どうやら自分のことは棚にあげたようである。ミケはいい性格をしてると思う。ほんと。
アウデン男爵たちをサロンに案内すると、もう一度改めてお互いに挨拶を交わした。その後も色々とこれからのことを話し合ったあとに「あとは若い二人で」と言われ、俺たち二人だけがサロンに残った。
もちろん二人だけではない。ミケもいる。
最初こそ守護精霊のミケはとても驚かれたが、見た目が普通の猫なだけにすぐに騒ぎは収まった。我が家の使用人たちの反応も似たようなものだったので、猫の姿は偉大だと思う。
これがドラゴンとかだったら、長いこと畏怖の象徴として見られていたことだろう。
二人っきりになったものの、一体何を話せば良いのだろうか。今思い出したが、俺は女性と気の利いた会話ができるような器用な男じゃないぞ。
こんなときはミケだ。ミケならきっと何とかしてくれるはず。俺はイーリス男爵令嬢の膝の上で丸まっているミケをチラリと見た。
そんな主の様子に、ミケは気がついたようである。一つうなずくと、おもむろに頭をあげた。やだ、ミケちゃん、イケメン過ぎる。
「テオがイーリスのおっぱいのことを気にかけてたよ」
「……え?」
ミケの言葉に、イーリス男爵令嬢がサッと手で豊かな胸を隠した。バカヤロウ!
「いや、その、あの、実に良いものをお持ちですね」
イーリス男爵令嬢は真っ赤になった。バカヤロウか、俺は。俺は事の発端となったミケをにらんだ。それを受けたミケは涼しい顔をしている。
「まあまあ。これで二人とも少しは緊張がほぐれたでしょ」
ね? と言わんばかりにミケが首をかしげた。その姿はなかなか可愛かった。確かにミケの言う通りかも知れない。せっかくのこの機会にお互いを知らなくてどうするんだ。俺は肩の力を抜いた。
「ミケの言う通りだな。俺のことはテオって呼んでよ。ミケもそう呼んでるからさ。ミケのこともミケで良いよ。守護精霊だからと言って気を遣わなくても大丈夫だよ」
ミケを見たが、特に反論はしなかった。オーケーと言うことだろう。
「ご配慮いただきありがとうございます。私のこともイーリスと呼んで下さい」
「イーリスは堅いなぁ。もっと砕けた感じで良いよ。そんなんじゃ、肩が凝るよ」
まあ、あのおっぱいなら、そうでなくても肩が凝りそうだけどね。そんなイーリスの顔は困惑しているようだった。
うーん、メガネのせいで表情が分かりにくいな。これはちょっとやりにくいぞ。それにあの分厚いメガネの下も非常に気になる。
「イーリスは随分と目が悪そうだね?」
「はい。生まれながらに目が悪くて……見苦しいでしょう?」
うつむいたイーリスの声は、どこかあきらめたような悲しい声色をしていた。どうやら「さすがにこのメガネはない」と自覚している様子だ。それでもメガネをかけているところを見ると、メガネがなければほとんど何も見えないのだろう。
ここは俺の腕の見せどころだな。ここでかっこいいところを見せて、先ほど下がってしまった好感度を一気にアップさせるぞ。
「イーリス、「メガネなしで目が見えるようになる」って言ったらどうする?」
「え?」
イーリスが顔をあげる。メガネがキラリと光ったような気がした。
「私の目が見えるようになるのですか?」
「そうだよ。見えるようになる。だがそうなると、そのメガネとはオサラバしなければならなくなるな」
「このメガネとオサラバ……」
イーリスは考え込んだ。何だかんだ言っても、これまで苦楽を共にしてきた相棒なのだろう。簡単には手放せないのかも知れないな。
俺はあせらせることなくイーリスの返事を待った。
「目が、見えるようになりたいです」
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