第6話 ある日、森の中、ブラックドラゴンに出会った
魔境に生息する魔物は基本的に魔境の外には出てこない。なぜならば、魔物が体を維持するためには魔力が必要不可欠であり、その魔力が豊富にある魔境からは出たがらないからである。
魔物は人と違って、体力という概念がない。すなわち、魔力が尽きることは死を意味するのだ。そのため、魔物が魔境から出るときは、何か強い魔物から追いやられたときか、魔物が増えすぎて大移動するときかのどちらかである。
「今、アウデン男爵から連絡があった。アウデン男爵と私は旧知の仲でな。助けに行かねばならん。見捨てることはできない」
「分かりました。私もお供いたします」
「すまんな、テオドール」
父上が魔法騎士団の隊長に指示を出すと、隊長は足早に執務室をあとにした。すぐに出発の準備が整えられることだろう。俺も父上に声をかけて、準備のため自分の部屋へと戻った。
俺も十五歳になり、今では一人前の成人男性である。次期子爵として、従軍するのは当然だった。
「ミケはどうする? ここでお留守番しておくかい?」
「まさか! テオが派手にやるところを見に行かないとね」
にしし、と目を三日月型に細めて笑った。大丈夫かな? 何だか心配になってきたぞ。
俺が出発の準備をしていると、母上がやってきた。もちろん顔色は悪い。
「テオドール、あなたまで無理して行く必要はないのよ」
「大丈夫です。問題はありません。これでもモンドリアーン子爵家の長子ですよ。魔物ごときに遅れはとりません。小指でチョイ、ですよ」
力強くそう言うと、母上はそれ以上何も言ってこなかった。母上の気持ちはよく分かるが行かなければならない。行かなければ「あいつは腰抜けだ」といつまでも後ろ指を指されることになるだろう。腰抜けなんて、だれにも言わせない。
その日のうちに俺たちはアウデン男爵領へと旅立った。魔物の氾濫はもう起こっているのだ。のんびりとしている時間はない。今から向かっても、目的地までは三日もかかるのだ。
その場所に俺が行ったことがあれば、空間移動の魔法を使って、すぐにでもモンドリアーン子爵家の魔法騎士団を送り込める。しかし俺はアウデン男爵領へは行ったことがなかった。こんなことなら地道に国中を旅して、行ける場所を増やしておくべきだった。
目的地に到着すると、すぐにアウデン男爵家の参謀が俺たちのところへとやってきた。ここまで来る間に集めた情報によると、アウデン男爵は最前線にいるらしい。
「来て下さいましたか! 主もきっと喜んで下さいますよ」
「それよりも状況を教えてくれ」
お互いの挨拶もそこそこに、二人は作戦会議となっているテントへと向かった。もちろん俺もついて行った。
「なるほど、大体分かった。魔境から外に出てきている魔物には何とか対処できそうだが、このままいつまでも続くとジリ貧になりそうだな」
父上が渋い顔をしてそう言うと、モンドリアーン魔法騎士団の部隊長にアウデン男爵たちの援護に向かうように指示を出した。すぐに部隊長がテントをあとにする。
「やはり元を絶つしかありません。どうにか魔境の森の中に入り、原因となっている魔物を討伐するしかないのですが……」
青い顔をして参謀は言った。
「すでに手を打っているのだろう?」
父上の問いかけに参謀はうなずきを返したが、その顔色は暗い。結果はあまり良くないのだろう。
「冒険者と斥候を何人か送っているのですが、だれも戻ってきません。森の奥で一体何が起こっているのか、見当もつきません」
うーむ、と父上がうなり声をあげた。だが俺たちがやるべきことは決まっている。その原因を絶つのが俺たちの仕事だ。そのために、魔法使いの一族として定評のある俺たちがやってきたのだ。
「それでは、我々が対処するとしよう」
重々しい口調で父上が言った。先にここに来たのは、少しでも情報がないかと思ってのことからである。しかしどうやら、空振りに終わったようである。
「テオドール、お前はどうする?」
「もちろん同行しますよ。これまでの修行の成果、父上にお見せいたしましょう!」
うむ、と父上が首を縦に振った。少しは頼もしいと思ってくれただろうか? 以前、婚約破棄の件で父上の顔に泥を塗ってしまったのだ。ここで汚名返上と行きたいところである。
「それではすぐに向かおう。森まで案内してもらえるか?」
「もちろんでございます。……ご武運を」
申し訳なさそうに参謀が頭を下げた。森の奥では何が待ち構えているか分からない。危険が危ないことは重々承知していることだろう。
少数精鋭を連れて森の奥へと向かった。残りの魔法騎士団はすべて、襲撃されている村の援護へと向かわせた。どうやら森から魔物が出てくる方向は一定の方向のみであり、森の中に生息するすべての魔物が四方八方へと大移動しているわけではないようだ。
森から出てきたのはそのうちの一部だけ。そうでなければ、とても抑えられなかったことだろう。
森の中では何匹かの魔物と交戦したが、護衛の騎士たちが次々と倒して行った。さすがは屈強と名の知れた我がモンドリアーン子爵家の魔法騎士団である。強いな。魔導師たちは派手な魔法は使わず、補助魔法を優先して使っている。魔力の温存と言うわけだ。
どのくらい森の奥へと進んだだろうか? 突如、魔力探知の魔法を使っていた魔導師が慌てて進行を止めた。どうやら犯人を見つけたようである。
「御館様、見つかるには見つかりましたが、魔力量が多すぎます! この魔力量ですと、上位種のドラゴンかも知れません」
ザワザワと騒ぎが起こった。並のドラゴンくらいならどうにでもなるだろうが、上位種となれば話は別だ。それにうちの魔法騎士団の精鋭魔導師が青い顔をしているのだ。ただの魔物ではなさそうである。
そのとき、地響きの音が近づいてきた。その音は明らかに大きくなってきている。
「こりゃ向こうにもボクたちの場所がバレたね」
ミケが事もなげに言った。こちらが魔法で相手を感知しているとき、相手もまた、こちらを感知していたのだ。
敵の数が少ないうちに倒してしまおうと思ったのかも知れない。それだけこちらの数が増えると厄介だと思っているというわけだ。さすがだな、俺ら。
そうこうしている間に木々をなぎ倒しながらそいつが現れた。黒い鱗に身を包んだ黒い竜。
「ブ、ブラックドラゴン!?」
悲鳴のような声がどこからかあがった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。