第3話

「もしもし、大助? 着いたよ、南西部」

『そっか。無事みたいで安心したよ、船酔いとかしてない?』

連絡用に、と大助から渡された携帯電話は、僕の髪と同じ青色をしていた。

あれから3日。

車に乗って、船に乗って、ようやく南西部にたどり着いた。

南西部は、たくさんの小さな島から成り立っている。

ただ、一度船に乗ってどこかの島に降り立てば、だいたいの島が橋で繋がっているらしい。

便利なものだ。

いつも暖かくて、厚着をしなくて済むから荷物も軽い。

大助の実家のある北部はいつも寒いから、そこから中央に来たときも、中央の暖かさに驚いたけれど、ここはそれよりも暖かい。

「大丈夫だよ、乗り物には強いから。……それより、さ。本当によかったの? 大助は」

『……なにがだよ』

「大助だって人捜しに中央まで来たのに……連絡係なんて、引き受けてよかったの?」

大助が親元を離れて中央に来たのは、建前上は大学進学。

だけれど、実際は人を探すための情報収集のため、環境の整った中央に移り住みたかったのだと言っていた。

実際、大学の休みの日は、友人との遊びもほどほどに、どこかしらに出かけて忙しくしている。

僕の質問に、大助は笑う。

『ほかでもない友達の頼みなんだ。あんただってそう言ってただろ? やりたいことがあるのはあんたも同じなはずなのに』

「……そりゃそうだけど」

『なんて言うけど、実は俺にも下心がある。ここで無事に妹さんを連れてこられれば、城の中で仕事させてもらえるかも。そうしたら、情報収集が楽になる』

まあ別に、あんたにプレッシャーかけてるわけじゃないんだけどな、と笑った。

「それなら……頑張らないとね」

『気をつけて、でも、無理しないで。何かあったらすぐ連絡入れてくれよ』

彼の少し、心配そうな声。

僕のが年上なのに……情けないなあ。

「大丈夫、でもいざというときはまた助けてくれよ。ご飯作ったりしてやれないけど……ちゃんと食べてね」

『はいはい。最悪恵さんに来てもらうさ』

「あんまり迷惑かけるなよ……あの人忙しいんだから」

『はいはーい』

面倒そうに返事をする大助。

……すぐに恵さんを呼ぶつもりだったな。

『ああ……ところで、いろいろ注意点が』

その後、急に話を変えられる。

「そういうのは先に言えよ、切るところだったろ」

『悪い悪い。えっとな……』

まずは、大助からの話。

魔天使というのは、髪が黒いのが大きな特徴だ。

閉鎖的な彼らには僕らみたいな黒意外の髪の毛は特殊だから、できるだけ隠しておくべきだろう。

なんなら、裏天使であることもバレないほうが良いくらいだ。

そこへさらに……僕の場合、裏天使であると明かした後に、地毛の青髪を見られてはいけないという事が付け加えられるらしい。

納得はいく。裏天使にさえ変な目で見られるような……そんな色なんだ。

どうして髪が青いのかは、どの文献を読んでもわからなかった。

でも、千菜様や大助の言葉から察する限り……この髪は僕の一族の遺伝で、しかも城の中ではとくに、あまりいい印象はないようだ。

だから、日頃から髪の色を隠すことには慣れていた。

ところで。

なぜ、僕は自分のことをこんなに知らないのか。

まあそれは……僕に4年前までの記憶がないから、なんだけど。

『それからな、杏奈様を引き取るときの話だけど』

「え、普通に話が通ってるんじゃないの?」

僕が訊ねると、向こうから言っておいてよかったかも……と、ため息混じりに声が聞こえた。

『あくまでもあんたが保護者ってテイだからな。あの人の名前は絶対にだしちゃいけない。これは俺達三人だけの秘密なんだからな』

「そっか、危なかった……うん、わかった。ちゃんと連れて帰るからね。じゃあ、これで」

『……自分を一番大事にしろよ』

優しい声が聞こえて、すぐに電話が切れた。

施設から引き取るってことは、僕が里親になるのかな?

手続きもあるんだろうなあ……印鑑は一応持ってるし、大丈夫だろうけど、実の兄より若い父親なんてイヤだろうなあ。

まあでも……なんとしてでも引き取らなくちゃ。

二人のために、絶対。


船の中であらかじめ、髪の色を変えておいた。

色を思い描き、指先に力を込めて髪を撫でる。

すると髪がみるみる銀色に染まる。

眉も睫も、同じように。

僕は天力を使った。

染料で染めてもいいんだろうけど、慣れればこっちのが楽だし、確実だから。

天力にもいろいろな使い道があって、それぞれに得手不得手がある。

天術……つまり天力を武器とするのを得意とするのが兵士だし、それを魅せて稼ぐヒトもいる。

治療に役立てるヒトもいるし、とにかくさまざま。

といっても、そういう専門職に就かないヒトは、学校で習った護身術を身につけている程度。

ほとんど日常生活で天力を使うこともないようだ。

僕はそんな中で、天力の扱いには自信がある方だ。

得意なのは、モノを違うモノに変えたり、作り出すこと。

といってもまあ、そんなに細かいことや大きな事はできないけれど。

とりあえず、髪の色を変えるくらいは朝飯前だった。

髪の毛をすべて上に上げて、帽子を深くかぶる。

髪を黒くすれば簡単だっただろうけど、それだと裏天使だと知られたとき、逆に怪しまれてしまう気がしたから。

できるだけ「普通のよそもの」を装うべきだと思った。

「施設なんてそう多くはないよなあ……とりあえず地図でも探そうかな」

なにせ中央には南西部の地図は売ってない。

観光マップじゃ施設は載ってないだろうし、まずはそこから始めなきゃいけない。

「んん……帰りはいつになるやら」

ここまで来て、自分の無計画さに辟易する。

……まあ、昨日今日の話でここまで来たのだから、仕方ないとは思うけれど。

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