春とピンク

亜未田 久志

春と言えばピンクだと彼女は言った

「やっぱり、春と言えばピンクよねー」


 彼女は言った、その笑顔は満開の桜より綺麗だった。

 だけど、その顔を見る事はもうできない。

 彼女は交通事故で亡くなった。


「未来じゃタイムマシンが出来てるらしいよ」


 彼女の言葉を思い出す。

 春に彩られた桜並木を後目にして。

 俺は研究室へと走り出す。

 大学に着く。

 そこで教授を問いただす。


「あれはまだ未完成で……!」


 教授の言葉によれば、そのほとんどが彼女の手によって造られていたそうだった。

 彼女は本当に、タイムマシンを作ろうとしていた。

 その道半ばで、死んだ。

 なら俺の答えは一つだ。


「完成させます。このタイムマシン」

「君が? む、無理だ」


 教授の否定の言葉も押しのけて、俺は研究に没頭した。

 何度、春を向かえたか分からない。

 桜を見るたび君を思い出した。

 一人を想い続ける自分をきっと君は「女々しい」と言うだろう。

 だけど僕はそういう人間だった。


「四次元空間に対して……三次元空間は……」


 それらしい言葉を並べても、君には届かない。

 天才肌の君は感覚だけでタイムマシンを作っていた。

 これは何度目の春だろう、似合わない髭を生やした僕に電話がかかって来た。


「あ! 通じた? もしもーし、私よ、私!」


 忘れるはずがない。彼女の声だった。


「ああ、どうしてかな、幻聴が聴こえるよ」

「あれ? 君が出たんだ? 教授はどうしたの? 死んじゃった?」

「ううん、まだご健在だけど、今では僕が准教授をやらせてもらってる」

「君が!? わ、私は……?」


 そうか、これは過去からの電話なんだ。

 死ぬ前の彼女と話している。


「君は……死んだ」

「……そっか」

「もし、君がまだ生きていたいと思うなら」

「タイムマシンを完成させろって?」

「俺が完成させる」

「君が? 無理だよ」


 やっぱり笑われた。分かっていた。でも。


「やらなくちゃ、いけないんだ」

「本気なの?」

「時間へのアプローチの仕方は分かったんだ……」

「本気、なんだね」


 彼女は一呼吸置く。


「分かった。今から大事な事を伝えるよ? 私のタイムマシンは失敗作なの」

「……なんだって?」

「だけど、もし君が本当に時間へのアプローチが分かったっていうのなら改良出来るはず」

「どうやって、君にだって出来なかったんだろう?」

「大学の入学式で待ってる」


 どういう意味なのか聞こうとした、しかし。

 雑音がひどくなる。


「分かっているのか!? 君には答えが!?」

「私じゃ間に合わな――身体を捨て――ここまで来――」

「どういう意味なんだ! 待ってくれ!」


 彼女との通信は途絶えた。

 唯一の手掛かりが。

 いや、まだだ。

 

「身体を捨てて」


 彼女は多分、そう言った。

 今までの概念じゃダメだ。

 時間というモノに新たなアプローチを加える。


「魂」


 タイムマシンの名前はサクラメントに決まった。

 半分、ダジャレで付けたものだ。

 きっと彼女も気に入ってくれる。

 まあ、彼女がこれを見る事は無いのだが。

 そして、俺は――俺の魂は――飛んだ。


 過去へとたどり着く。

 桜並木。


「春と言えばピンクだよねー」

 

 そんな彼女の言葉が耳朶を打つ。

 

「ああ、そうだね」


 大学一回目のピンク色。

 あと何回この言葉を聞けるだろう。

 この桜並木と彼女の笑顔。

 絶対に守り続けると決めたのだった。

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春とピンク 亜未田 久志 @abky-6102

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