第85話


「──神永君って、先生に少し似てるんだよね」

 今まで何度も思ったことを口に出してみる。


「どこが……?」

 すると拗ねたように口を尖らせて、私の頬を包んでいた手を離す。そして私の座るブランコの左右の鎖を持った。


「甘いセリフを恥ずかしげもなく言えるところとか、優しく頭を撫でてくれるところとか、低いけど安心する声とか……。笑顔も少し、似てるかも」


 一つ一つ指を折りながら挙げていく。


 黙って聞いていた神永君は鎖を掴んだまま近づいて、私の肩に頭を乗せた。おでこをつけているからその表情はわからない。


「──だいすきだよ、まやちゃん。だけどこの言葉が、もしまやちゃんにとって辛いものなら二度と言わない。俺の笑った顔が先生に似てるならもう笑ったりしない。声を変えることはできないけど、まやちゃんが俺を見て先生を思い出して、辛い思いするなら──俺はもうまやちゃんに会わない」


 そこまで言わせて、また彼を傷つけたことに気づいて後悔した。


「……なんでそこまで──」


 そう呟くと「いつも言ってるでしょ?」と彼の低い声が耳元で聞こえて、緊張で身体が固まる。



「まやちゃんが世界でいちばん大切だからだよ。まやちゃんのためなら何だってしたいんだ」


 寒さからか、泣いているからなのか──神永君の声が震えている気がする。


「だけど……まやちゃん不足になっちゃうから、遠くから見つめることは許してね」


 もう会わないことが決まっちゃうみたいで、それはものすごく「嫌」だったから慌てて口を開いた。



「会わないなんて言ってない。神永君が私の記憶を塗り替えるくらい、頑張ってくれるって言ってたでしょ」


 そんな私の上からのもの言いにも、「頑張らせてくれるの?」って顔をあげてにっこり笑うんだ。




「──こうなること、わかってたの?」

 神永君が鎖からそっと手を離して私から距離を取る。


 なくなっていく温もりが何だか名残惜しくて、離れていく彼の左手を掴んで握りしめる。


 すると私の行動に驚くこともなく指を絡められてぎゅっと握り直した彼。しゃがんでいる彼は私の顔を覗きこむように見上げるから何だか恥ずかしい。


「分かるわけないじゃん。だけど、まやちゃんを一人にしちゃいけない気がして。練習サボってきちゃった」


 ペロッと舌を出す神永君は自分が可愛いのを分かっているんだろう。


「まやちゃんが泣いてるかもしれないのにじっとしてらんない」


 そしてキリッとした顔に一瞬で変わるそのギャップ。



 ……こんなの、他の女の子が知ったら更にモテるんじゃないか──なんて嫉妬みたいな感情が出てくる。


 もう自分でも何が何だか分からなくなってきた。



 色々な感情が渦巻いて混乱して、思わず傘を放り投げ目の前でしゃがみこむ神永君に抱きついた。



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