第83話
最寄り駅で停まった電車を降り、朝から止まない雨にため息をつきながら駅から出ようと傘を広げる。
一歩を踏み出した瞬間、ふと視界の隅に見えた姿に私は足を止めた。
「え……先生──?」
傘もささず駅の前で立ちつくす先生。思いがけない人の登場に、彼を呼ぶ声が漏れてしまう。
振り返った先生はとても悲しそうで、思わず駆け寄って彼を傘に入れる。
「何してるんですか!?」
近くで見た彼はなんだか瞳もゆらゆらと揺らめいて、もっと悲しそうだった。
「まやちゃん……」
どうしたの、と聞く前に先生はポツリポツリと話し出す。
「彼女と喧嘩しちゃって。情けないよね」
そう笑う先生は私の好きになった笑顔じゃなくて、胸がもやもやする。
……あなたが笑っていられるなら。幸せでいてくれるなら。そう思って諦めたのに、そんな辛そうな顔をされたら堪ったもんじゃない。
弱っている時に、疑心暗鬼になっている時に優しくするなんて──こんな、少女漫画の定番みたいな。
でも──一度くらい、チャンスをもらったって罰は当たらないよね?
そんな馬鹿な考えがよぎった私を許して。
「……先生、私は……先生が──」
……口が勝手に動く。
だけど、この後紡ぎだす言葉がなんとなく予想できて我に返ると、無理矢理口を閉じるように手で押さえた。
私の行動に不思議そうにこちらを見る先生。その眼差しに負けて、どうにでもなれともう一度口を開いたその時──。
「──隼斗!!」
私を映していた瞳は即座に声のする方へ向かう。
「……ごめん、まやちゃんっ!また今度!」
私のすぐ傍にあったはずの身体は、もうすでに背中を向けて離れていっている。
遠くで見えるびしょ濡れの先生が、花柄の可愛らしい傘を持った恋人を強く抱きしめている姿。
……そんなものを見て、平気でいられるほど強くない。
この苦しみと衝撃は、先生に彼女がいることを知ったあの日のものとひどく似ている。
──先生。
きっと「また今度」は来ない気がします。
私はそっとその場から去った。
いつもの公園にたどり着いた私はブランコに腰かける。
雨は降り続けているから、もちろんブランコも濡れている。そんな中、傘をさしながら座っている私は傍から見たら滑稽だろう。制服のスカートが濡れても、今は気にならない。
いっそのこと、雨と一緒に流れてしまえばいい。私の想いも、涙も。
忘れたはずだった気持ちは
諦めたはずだった想いは
先生に会うとどうしてすぐに蘇ってきてしまうんだろう。
……さっきまで、神永君のことばっかり考えてたはずなのに。彼の笑った顔を思い浮かべて、心が温かくなってたのに。
なんでなのよ。
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