第72話


「──悪いな。迷惑かけたみたいで」


 ドアが完全に閉まった音を聞いた後、おもむろに口を開く陸。


「別に……。まやちゃんにかけられる迷惑なんて、迷惑のうちに入らないよ」

 いつものテンションはどこへやら、凛は陸の顔も見ずに冷静に答える。

 その顔に笑みはない。


「あ、そ……」

 凛がマヤを好きなことは周知の事実。最初こそ、大切な幼馴染を弄んでいるんじゃないかと疑っていたが──マヤに向ける凛の眼差しが、決して裏のあるものではないと陸にも分かっていた。


 それは、自分がマヤに向ける愛情と酷く似ていたから。


 決定的に違うところと言えば、凛はそれを堂々と……悪く言えば恥ずかしげもなく伝えられるところだ。


 マヤの視線にも敏感な陸。彼女の凛に向けるものが、ただのクラスメイトや過去の彼氏、そして幼馴染である自分にさえ向けられたことのないものだと理解していた。


 そして目の前の男は、あの「先生」とどことなく似ていると陸は思っていた。実際に見たことは数えるくらいしかないが、あの雰囲気は忘れられない。


 二人とも顔は整っているが、似ても似つかないのは分かっている。あの人は頭も良いのだろうが、凛はあまり賢いとは言えない。きっと誰に聞いても「似ていない」と言うだろう。顔立ちも声の高さも体格だって違う。


 ──だが、優しくマヤを見つめる瞳や柔らかな声。そして人を惹きつけるような笑顔。


 二人を並べてみればこれらも似ていないのかもしれない。


 しかし陸にとって最も大切なマヤを傷つけた「先生」と通じるところがあるこの人物を、好きになれるわけもなかった。




 ──なんて、理由づけしているだけで、「先生」に似ていようが似ていまいが、どうあってもマヤに想いを寄せるこの「イケメン」と仲良くできるわけもないのだ。

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