第52話


 顔を真っ赤にしたまま頭を掻く神永君。


「──俺、迷ったんだ。近所の公園にね、チューリップがいっぱい咲いてる場所があるんだけど……。ピンクのチューリップの花言葉、知ってる?」


 首を傾げながら可愛く尋ねる彼だけど、その言葉を聞いた瞬間、胸を締め付けられる感覚に陥る。


「──愛の芽生え、でしょ?」


 間違えるはずがない、その花言葉。


 私の顔色が変わったのが分かったのか、神永君は一瞬顔を顰めた。


「ん……。ひとつはそう。……もうひとつはね、『誠実な愛』なんだって」



 ──やめて。


「俺にはこの花言葉が一番ぴったりだと思ったんだけどね」


 「花言葉」にも今は敏感なのに、それがよりによってチューリップ?しかもピンクだなんてタチが悪い。


「そこに咲いてるチューリップにはいろんな色があって、ピンクだけじゃないんだ。たとえば──黄色、とか」


 何かを探るように私を見た神永君。


「黄色のチューリップは『望みのない恋』。そんなの、俺が嫌だったから。だからそこに連れていくのはやめたんだ。それに──」


 風が吹いて顔に髪がかかるから、彼の綺麗な指がそっと耳にかけてくれた。


「……見ちゃったんだよね。まやちゃんが学校の花壇を見つめて辛そうにしてるの。まやちゃん、本当は花あんまり好きじゃないでしょ……?」


 悲しそうに笑う神永君にはなんでもお見通しみたいだ。


「花が好きじゃないっていうか、花に関して辛い思い出があるのかな……?そんな、顔してたから」


 ──ああ、そうか。

 こいつは私のストーカーなんだった。



「まやちゃんの辛い思い出を、幸せな思い出に変えられるほどの力はまだ持ってない。だけど俺といるときは辛い思いなんてさせたくないもん。新しい場所で、俺との楽しい思い出を作れたらなあって思ったんだ」


 ああ……まただ。そうやって甘いセリフを吐く彼に今度は違う意味で胸が詰まった。


「だいすきだよ、まやちゃん。早く『俺のこと好きになって』ね」


 いたずらに笑う神永君の顔はやっぱり赤くてなんだか面白い。そんなに照れるなら花言葉で口説くのはやめたらいいのに。


「──じゃあ、神永君にはペチュニアをあげる」


 仕返しをするように言うときょとんとして


「ちょちょちょちょっとまって!!」


 慌ててポケットからスマホを取り出す。「ぺ、ぺちゅ……?」と呟いている所から考えて花言葉を検索しているようだ。



 しばらく画面とにらめっこしていたけど、急にフリーズする。


「え、まやちゃんこれって──」


 ペチュニアの花言葉は「あなたと一緒なら心がやわらぐ」。



 ──やばい、これって想像以上に恥ずかしい。


 私は恥ずかしさを隠すように足を進めたのだった。




「──もう俺、死んでもいい!!!!」



 そんな叫び声が後ろから聞こえたけど……無視、無視!!


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