ロッカーから金持ちの美少女が出てきたみたい

「毎日これやるの面倒くせえな~」

 そうぼやきながら僕は、右手に3本のホウキ、左手にもう1本のホウキとちり取りを引っ下げ、ロッカーの前に立った。

 左手のホウキとちり取りを無理やり右手に移し替え、扉に手をかけようとしたときだった。


 突如ロッカーからまばゆい光が漏れ出した。それは虹色の蜃気楼のようである。

 高校とは思えない非現実的な現象に、僕は呆然として、ホウキとちり取りを落としながら後ずさりした。


「な、何、一体何なの?」


 戸惑う僕の目の前で、ロッカーが開く。隙間から漏れているだけだった蜃気楼の光が一気にまたたき、僕の目をくらませる。

 目を閉じても、蜃気楼の明るさが、暗闇とほんの少し調和していた。それが消えると、僕はおそるおそる目を開く。


「すみません」

 目の前に立っていたのは、一人の少女だった。

 身にまとっているのは学校の制服じゃない。黒を基調とした修道女のような服装をしている。まるで異世界からやってきたみたいだ。


「あの、誰ですか?」

「私はマリアです。いろんな場所をめぐりながら、お悩み相談をしています。困っていることをお伝えできれば、それを解決できる答えを、この場でひとつ差し上げられます」

「それって、どんな悩みでもか?」

 僕は戸惑いながら聞き返す。


「ええ、どんな悩みも、私が示す答えなら一発で解決できますよ」

 現実的なセリフには聞こえなかったが、彼女の目がまっすぐ僕を見据えていたので、もしかしたらそういうスキルがあるのかなと思った。それが魔法的なものか、現実社会におけるコミュニケーション力で悩みを解決するものなのかは別としてだ。


「それじゃあ、早速悩みを言っていい?」

「ええ、ひとつだけなら何でも」

「俺、お金なくて困ってるんだよね」

「そうなんですか?」

 マリアが素朴な顔で聞き返した。


「ああ、親からの月の仕送りが2000円しかなくて、月の最後は半額弁当を買うのにさえも苦労するぐらいだよ」

「そうね」

 マリアは懐に手を差し入れ、何かを取り出しそうな素振りを見せた。


「これはどう?」

 彼女は懐から札束を繰り出した。まぎれもなく、1万円札が何枚にもわたり、帯で束ねられている。

「マジ?」

「うん、受け取ってくれていいよ。私、結構お金あるし」

「そうなの?」


 あまりにも大金を受け取るまでのプロセスがシンプルすぎる。しかし彼女の燦然と輝いた目が、僕に断るという選択肢を与えなかった。僕は素直に札束を受け入れた。

「ちょうど100万円あるから。少なくともしばらくは大丈夫じゃない?」

「ありがとう。大事に使うよ」


「それじゃあ、また会えたらいいね」

 マリアはそう言い残すと、ロッカーに戻り、扉を閉めた。再び蜃気楼のような光が漏れ出したあと、ゆっくり消えていった。


「100万円、やった」

 人気のなくなった廊下で、僕は喜びを口にしながら、札束を見た。

 しかし何気なく裏返してみると、喜びはすぐに冷めた。


「お札の裏が白紙になっている……」


 僕はまさかと思い、束ねられたお札を1枚ずつめくってみた。どれもこれも、裏は真っ白だ。何もお金らしくデザインされていない。

「全部ニセ札だ……」


 ぬか喜びのあとの悲しみは、ただのアンラッキーより辛い。僕はすっかり全身から力が抜け、散らばったホウキを枕のようにして、廃人のように倒れてしまった。


「……これからもずっと半額弁当を待つしかないのか」

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