第118話 策略
「ターザニアが・・・滅んだですって・・・?」
私がその事実を知ったのはフランシールへと向かう馬車の中だった。
「えぇ、みんないなくなってしまった・・・。」
ローザ様はそう呟くと馬車の背もたれに寄りかかる様にして顔を覆った。
「ローザ様・・・。」
陛下を失いショックなのだろう。肩を震わせるローザ様の手をしっかりと握った。
「さぞかしお辛いでしょう。ローザ様、レベッカが側におります。」
「ローザ様、よろしければこちらをお使いください。」
ローザ様はトーゴが差し出したハンカチを受け取り、私をうるんだ目で見つめると、ありがとうと言った。その隣でニコラウスは興味なさげに眠りこけている。
なんて無神経な男なのだろう。
だが正直いうとターザニアが滅んだことに対しては私も、あら大変ね、くらいの感情しか持てないのは確かだ。ターザニアにいる知り合いと言えばキヨや大工たちだけだし、彼らも工事は終わっているはずだ。各々の国へ帰っただろう。もしかしたらターザニア出身の者もいるかもしれないが、それは、不幸でしたねとしか言いようがない。
自分の身に起こったわけではない不幸に対して、深刻になれないのは仕方がないというものだろう。そう考えれば、ニコラウスの態度も理解できなくはない。だが、こういう場合は悲しそうな表情をして相手に寄り添うのが正解の反応というものだ。
悲しみに暮れているローザ様の手を握ったまま、私はガルシアの街並みを見ていた。雪に覆われ、降ってくる雪を避けるように下を向いて歩く人々。じめっとしていて暗く、陰湿なこの国は私の心を苛立たせる。それに、ローザ様のあのお屋敷。立派で素敵ではあるけれど、いつからか聞こえるようになった獣の鳴き声が不気味で仕方がなかった。この国から、あの家から出てもう帰らなくていいと思えば、心が浮き足立つ。勿論、ローザ様の手前、そんな様子はおくびにも出さない。
ローザ様はガルシア王都の外れに行くと私たちに馬車を下りるように言った。馬車が去った後、森の中を歩き幾重にも感情に結界がかけられている場所に到着した。ローザ様はその空間の正面に聳え立つ木に触れると魔力を流し始めた。
ニコラウスは、ぼーっと突っ立っていたが私にはローザ様の魔力が木の体内をめぐり、幾重にも張られた結界を一枚一枚解いていく様子が見える。これは無理やり侵入するのとはわけが違う。この結界のキーを持っている人の開け方だ。驚くほど簡単に結界が空くとローザ様は私たちを魔方陣の中心へと導いた。
この魔方陣には覚えがある。空間移動魔方陣だ。しかもこれは、王家が所有するもので他国へとつながる魔方陣に違いない。
ローザ様は本当に一体何者なのだろう。
ターザニアは前国王が病のために早々に王座を退き、第一王子が王座を引き継いだ。ローザ様はその第一王子の第三夫人だったはずだ。
第三夫人にも関わらす、ガルシアとターザニアを行き来していた。しかも、病弱を装って内密に、だ。
過ぎた好奇心は身を滅ぼす、とはニコラウスに言われたこと。確かに知らない方がいいこともある。それに何より、私はレイ様さえ手に入ればいいのだ。その為にローザ様についてここにいる。レイ様を私に与えて下さるのであれば何者であろうとどうでもいいことなのだ。
「レベッカ、ニコラウス、トーゴ、参りますよ。」
ローザ様が呪文を唱えると魔方陣から緑色の光が立ち上り、ぐにゃりと空間がゆがんだかと思えば暖かい外気に包まれた。その温度がここはガルシアでないことを告げる。
「さぁ、行きましょう。」
月明りに照らされ、葉音に歓迎されながら森を抜ければ、立派な馬車が私たちを待っていた。
「お待ちしておりました。ローザ様、皆様。」
口ひげを生やした40代の男がローザ様に向かい恭しく頭を下げた。
「グレンデール卿、お迎えご苦労さま。お世話になります。」
「とんでもございません。ローザ様には今後ともお力を貸していただきたく、その為にはこのグレンを何なりとお使いください。」
「ありがとうございます。グレンデール卿。」
グレンと呼ばれた男の執事であろう、30代の黒髪の男が私たちを馬車へと案内してくれる。ローザ様はグレンにエスコートされ馬車に乗り込んだ。
「ローザ様、まさか本当にローザ様の予言通りにターザニアが滅びるとは・・・。」
「グレンデール卿、その話はここでは。」
ローザ様がグレンを制する。私たちには聞かれたくない話なのだろう。
「その件については後ほど話しましょう。重要な事実が見えたのです。」
グレンはローザ様の言葉にカッと目を見開いた。
「ぜひ、お導き下さい。」
ローザ様がニコリと微笑んだのをみてグレンが頭を下げた。まるで教祖様と信者のようだ。
馬車がとまったのは一軒の大きなお屋敷だった。王都のような華やかさはなく、街灯も少ない周りを森に囲まれた田舎町ではあるが、田舎にあるからこその広大な敷地。門をくぐってからも屋敷の玄関まで馬車で10分かかる程だ。
「周りに人がいるとローザ様のお力に差しさわりがあると窺っておりますので、ローザ様たちは離れにありますこちらの部屋をご利用ください。ニコラウス様は調合をなさるとのことでしたので、離れの隣にあるこちらの建物を研究室としてお使いください。」
「お気遣いありがとうございます。グレンデール伯爵。」
ニコラウスがきちんと挨拶をしたことに少し驚いた。私にはいつも失礼な態度をとるくせに、私よりも爵位の低いグレンデールにはちゃんと挨拶をするなんて、私を馬鹿にしている証拠だ。
本当に嫌な奴だ。
それでも、この温かな土地、伯爵の館で過ごすこれからの日々を思えばそんな気持ちなど吹き飛んでしまう。
「私はこれからグレンデール卿と話がありますので、三人は部屋で休ませてもらいなさい。疲れたでしょう。」
「えぇ、ぜひそうなさってください。お部屋まではこのゼンに案内させましょう。」
グレンデール卿に促され、先ほどの口ひげの男、ゼンが私たちの前に歩み出た。
3人を部屋へと追いやり、グレンデール卿と向き合った。
ここはグレンデール伯爵家内にある一室、情報が外に漏れないようにと結界が張られている空間である。
「ローザ様、先ほど申しておりました話したいことというのは一体どのようなことでしょうか。」
「グレンデール卿、私、とんでもないものを見たのです。」
「見た、と申しますのはいつものお告げのようなものですか?」
「えぇ、突然、そこにはない映像が見えたのです。」
グレンデール卿がゴクッと唾を飲むのがわかった。私は、より恐ろしさが伝わる様に両手で自身の腕をさすりブルッと震えて見せた。
「グレンデール卿、ターザニアを滅ぼしたのはガルシアです。」
「なんですと!?」
「ガルシアのトルッコからほど近い森の中に山小屋があります。そこは空間魔法で歪められており、その先にはお城のような建物がありました。そこにターザニアを滅ぼした証拠があります。」
グレンデール卿が一言も聞き逃すまいと必死に私の言葉を聴いている。ふふふふ、素直で扱いやすい男だ。ガルシアから時々こちらに通い、スキルを使って心の声を聞きながら助言することで信頼を得た。そして、ターザニアが滅ぶことを予言したことでその信頼はゆるぎないものになったのだ。
「薬品の臭いがしました。薬の部屋、壁際の床に棚が隠れています。そこに重要なものが隠されていると、私のイメージは伝えてきました。そしてもうひとつ、フランシールが傷つき、たくさんの人々が倒れている姿・・・。」
「つまり、ガルシアが次に狙っているのは我がフランシールということか!!」
グレンデール卿が声高に立ち上がった。
「こうしてはおれません。ローザ様、ご同行願えますでしょうか。至急、国王への面会を申し出るつもりです。」
「わかりました。私とて、争いは好みません。参りましょう。」
私は密かに微笑んだ。
ちょっと背中を押してやれば人は簡単に争う。表面をどんなに繕っても、皮を脱いでしまえばみんな醜いのだ。憎しみあって傷つけあって、みんな滅んでいけばいい。人間の醜さを思う存分引き出してやろう。
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