第53話 イマジンモンスター
剣の街のダンジョンに向かいふたりで歩く。
いずれも収納持ちなので手ぶらだ。ただの散歩に見えなくもない。
格好はお互いイカれてるが。
片や手斧を腰に下げた多機能ジャケット男、片や白魔術士コスの魔女である。
キャンプ場ホラー映画に出てきそうなコンビだ。どっちも悪役じゃねーか。
「む」
少し気になることがあって足を止めた。
「どしたの?」
「いや……なんか聞こえない?」
ダンジョンからはやや異なる方角を見る。
索敵の範囲は半径五十メートル。しかし俺の五感はときに、それより遥かに離れた場所の危険を察知することがある。
そのおかげで命を拾うこともあった気はするが、あんまり結果が変わらなかったことのほうが多い、ような……。
「ふうん? 私には何も聞こえないけど……」
エーコも同じ方向を見ると、何やら魔力の操作を始めた。広範囲索敵のたぐいだろうか。
「ウソ……なにこれ」
言うやエーコは近くのビルへ向けて駆け出した。
跳躍して二階の窓枠に足をかけると、僅かな段差を足場にビルを登っていく。
音の正体を上から見て確かめるつもりなのだろう。
俺はというと、当然あんな動きは出来ないからおとなしく地上で待っていた。
ビルの屋上から問題の方角を見たエーコは、身振り手振りで何やら伝えてくる。
うん、分からん。
仕方ないのでその方角を目を凝らして見続けた。
高い建物が邪魔だ……。少し歩いて移動する。
奥のほうの隙間、今なんか動いて。
三階建ての集合住宅の向こう側、突然それはワサワサと生えてきた。
しなった長い木の枝のような、無数の棒状のもの。
数十……いや、数百本はありそうな勢いのそれらが天を衝く。
ある特徴がなければ、それが何かはきっと分からなかっただろう。
その特徴とは、無数のそれらを染め上げる白と黒のまだら模様――
まさか……ヤマアラシの巨大化生物か?
どんだけデカいんだよ!
体高だけで地上三階近くはあるぞ?
エーコが地上へと降りてきた。
「どうしようアヤセくん! なんか凄いの出てきちゃったけど」
「あんなのが日常的に出るわけじゃないんだな? 少し安心した……」
顎に手を当てて考える。
まだエーコの戦闘能力を把握し切れていない。
俺ひとりの場合だったらどう対処する?
「奴の居る場所は建物が多い。直撃を食らう心配は少ないから、近くで動きを誘って様子を見る。エーコは建物の上のほうが安全か? なんか攻撃手段ある?」
「風魔法。あれくらいの大きさの頭ならぎりぎり包める」
「よしそれで行こう。駄目だったら距離を取ってもっかい相談で」
「了解!」
エーコは再びビルを駆け上がった。
そして俺も急いで地上を走る。ヤツが広い場所に出てしまったら、手が付けられないんじゃないかという予感がする。
背中のトゲのしなり具合から、巨大ヤマアラシが向いている方向は見当がついた。
頭のほうへと回り込みながら移動する。
普通は背後を取るものだが、ヤマアラシは背後のほうが危険だからな。
建物の陰から敵の頭部を確認した。どこから見てもヤマアラシである。
確かヤツの視力はたいしたことないはずだ。
頭部の直径は二メートルくらいか?
もしあのサイズの相手を俺の水魔法で倒すなら……。
アオダイショウ戦のときのように頭部に張り付いて、自分自身の周囲に水を展開する必要がある。
問題はヤツのモヒカンヘアーだ。
オリジナルのヤマアラシは頭が弱点のはずだが、どうも頭の上の毛も硬質化しているように見える。
あの上に乗っかるのは勇気がいるな……。
あと齧歯類ゆえに噛む力も侮れない。このサイズ差で正面から戦うのはかなり危険だ。
ま、ものは試し……。
物陰から出ると周囲の退路を確認しつつ、ゆっくりと標的に近付いていく。
鑑定の射程範囲に入った辺りで、向こうもこちらに気が付いた。
鑑定結果によれば、予想通り頭部の体毛はかなりの硬度だ。
乗っかって戦う案は却下!
攻撃はエーコに任せて、ヤツの動きの出方を観察するほうに集中しよう。
「かかってこいモヒカン野郎!」
威勢のいい啖呵と共に、俺は逃げ出した。
だって他に出来ることないし。
あいつにとって五十メートルなんてすぐだ。自分の全長の数倍程度しかないのだからな。どんなに動作がトロくても、デカいというだけで絶対的な速度は侮りがたいものになる。
巨大ヤマアラシはトゲを大きく広げる。
風切り音のような巨大な威嚇音が響き渡った。
口からではなく、背中のトゲを震わせて音を発している。
おお、そうしてるとなんか凄く怪獣っぽいぞ……。
そして動き出した。左右のトゲがコンクリの建物をガリガリと引き裂いていく。
とんでもないパワーとトゲの強度だ。
だがトゲが建物に引っ掛かるせいで予想よりずっと遅い。
あ。こいつバカの側のヤツだ。
俺の心の中に余裕が生まれたとき、突然ヤツは予想外の行動を取った。
頭部を横に向けたかと思うと、その場で反転しだしたのだ。
いや、反転すること自体は不思議ではない。
ヤマアラシのトゲは後方に向いているため、攻撃するときに反転して後ろ向きに突進するのは普通の行動なのだ。
だが、俺との距離はそれなりにひらいているし俺のほうが速い。
後ろ向きに突進したら、トゲはますます建物に引っ掛かるだろう。
そんなことも分からないくらいの知能なのだろうか。
瞬間――
ヤツのトゲが一本抜けたかと思うと俺の方角に向けて飛んできた。
狙いはメチャクチャで、俺の頭上遥か上をかっ飛んでいく。
長さ五メートルはあるであろう槍の如き体毛は、俺が逃げていく方向にあったビルに轟音と共に突き刺さり、その長さの半分以上をめり込ませた。
「へ……?」
我ながら間抜けな声が漏れる。
続けて五本のトゲが背中から射出され、空中で放物線を描きながらこちらに迫って来た。
「……やっ……べえ!」
真っ直ぐ逃げるのを即座にやめて、建物と建物の間に走り込む。
背後でアスファルトを貫く轟音が立て続けに鳴り響く。
ヤマアラシがトゲを飛ばした?
バ……。
バッカじゃねーの!?
なんつう頭の悪い発想の巨大化生物だ!
ヤマアラシはトゲを飛ばしたりはしない。
それは俗説というか昔の人の想像。
つまり……ヤマアラシイマジンだこれ。
あるいは第三世界ヤマアラシだ。なんだそりゃ。
ヤマアラシの体毛にそんな機能はないから、魔法で飛ばしているんだろう。
く、くだらねー。
鑑定によれば、ご丁寧にもトゲは濃度の高いヒュドラ毒まで分泌しているっぽい。
あの程度の毒では俺には効かないと思うが、毒とか関係なく食らったら死ぬわ!
ますますバカじゃねーの!?
バジリスク! オメーに言ってんだよオメーに!
お前ほんと――
巨大化生物を造るセンスがあるな!
少なくともヒュドラよりずっと才能がある。
あいつの造る巨大化生物はひどかった。
全部クソダサモンスだった……。
各地の封鎖地域のダンマスは、ヒュドラに比べて無個性なんじゃないかという説があったが違うな。
多分いままでは準備期間だった。モニクもそう言ってた気がする。
ヒュドラだけ張り切って、最初から変なの造ってただけだった。
バジリスクの評価を俺の中で上方修正しとこう。
あいつは出来るヤツだ。侮れん。
頭上に突然轟音が走った。
新たなトゲが飛ばされ、俺が隠れている建物を貫いたのだ。
細かい瓦礫が周囲に降り注ぐ。
ダメだ! 攻撃動作を視認できないほうが危ない。
本体を視界に入れて回避に専念したほうがいい。
いま入った通路を逆走し、再びヤマアラシの前に。
さっきより近い!
攻撃しながら移動してたのか!
「アヤセくん!」
遠くからエーコの声が聞こえる。
そして、直径三メートルはあろうかという不可視の大気の塊がヤマアラシの頭部を目掛け、頭上から飛んで来るのを察知した。
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