第35話 ハイドラ

「あれ? スネークじゃん。何してんのお前」


 バッと振り返って見てみたら、そこに立っていたのはいつぞやの金髪のねーちゃんだった。


 お前かよ!


 ていうか金髪ぅ!

 なんでこんなとこでエンカウントしてくれちゃってんの?

 お前はどう考えても中ボスくらいのポジションだろうが!

 地下一階出入り口付近をうろつくんじゃねえ!


 ……いや、地下二階以降とかあるのかどうか知らんけども。

 そもそもこいつ、前は地上にいたけども。


 そういやモニクに金髪の話は……してるよな既に。

 でもモニクから注意を促されたことはない。どう考えてもアオダイショウよりヤバい奴なんだが。


 ただ敵意が無いからな……。

 俺はどうもあんまり本気で警戒する気になれない。


 なんでこいつはこうなんだ?

 人間の記憶が色濃く残ってるせいで、ヒュドラ生物としての本能が抑えられてるんだろうか?

 それはむしろ、以前に俺がこいつに言われたことなんだが。

 特殊個体とかも言われたっけ。俺じゃなくてお前が特殊個体なんだよなあ。

 モニクもその辺まで把握していたのかもしれない。


「なんか言えよ」

「あ、ああ……久しぶり」

「お? おう……」

「…………」


 どうすりゃいいんだ。


「お前、今ここのモンスター狩ってたの? 襲われたんじゃ仕方ねえけどな。あんまりケンカしてっと命がいくつあっても足りねえぞ? ヒュドラ生物同士、なんとか上手くやるんだな」


「いや俺人間だからね?」


「まだんなこと言ってんのかよ。いい加減諦めてラクになれ」


 あーもう。別に説得して認めてもらう必要もないので、この話題はやめやめ。


 金髪を鑑定してみて分かったが、人間とヒュドラ生物ははっきりと違う。

 身体構造は同じみたいだけど別の生物とか、そんな感じの鑑定結果になる。

 俺自身を鑑定してみたところ、自分が人間であることが再び証明された。


 ヒュドラ生物たちが俺を敵視しているのは、種族を見分ける鑑定能力のようなものを持っているからと考えられる。

 金髪にはそれが無いか、あるいは鈍い。


 金髪はともかくとして、もし明確な敵意を持った人型ヒュドラ生物が現れたとき、俺は果たして敵の命を奪えるのかという心配があった。

 鑑定により人間でないことがはっきり分かるというのは、そのときに俺の心の支えとなるかもしれない。


「えっと……それより聞きたいんだけどさ。ここの地下ってこんな変な生き物ばっかなの? 地上じゃ普通の生き物しか見てないんだけど」


 普通の生き物っつーか、大きさ以外な。


「あ? お前地下のヒュドラ生物に遭うのは初めてなのか? 確かに以前は数が少なかったから、そういうこともあるか。ここに出現するモンスターはな……なんというか」


 口ごもる金髪。さっきもモンスターとか言ってたな。ヒュドラ生物なのかモンスターなのかどっちだ。

 あと俺は地下に来たこと自体初めてだ。ヒュドラ生物なら地下で誕生するのかもしれんが。


「あたしが好きだったゲームに出てた敵キャラなんだよな」

「はい?」


 やべ、声に出ちった。

 今コイツなんて言った?


「そんな露骨に呆れたような顔すんなよ……分かるけどよ」

「いや、悪い……。でもよく意味が」


「あたしにも意味が分からない。この地下迷宮には色んなモンスターの姿をしたヒュドラ生物が居るけど、どいつもこいつも『人間だったとき』のあたしが遊んでたゲームに登場する敵キャラなんだよ! この辺は序盤の雑魚、奥に行けばご丁寧に手強いのが登場する。それに……」


 そ、そうか……お前も結構大変そうだな。

 それに……?


「それに?」

「あたしのこの外見。生前とは似ても似つかないってことは前に言ったよな」


 言ってたな。

 ちなみに俺の身分証はアパートの残骸から無事発見した。

 今と変わらない顔だった。当然だが。

 金髪は続けて言う。


「この姿は、そのゲームのプレイヤーキャラクターだ」


 そうか。なんかちょっと痛々しい人になってないか金髪?

 でも一応発言の意味を真面目に考えてみる。


 自然界の生物とは思えないほどの整った外見。まるで理想や妄想を詰め込んだかのような。

 そして世界のどの地域の人種とも今ひとつ噛み合わない特徴。

 俺がこいつを見たときの第一印象は、まさにゲームのCGキャラクターだった。

 おいおい、そんなことがあるのかよ。


「ちょっと待ってくれ。お前の外見まではよしとしよう。ヒュドラ生物に生まれ変わったときに、本人の記憶が参照される。そんなこともあるのかもしれない」


「え? ああ……」


 急に真剣な声色になった俺に面食らったのか、金髪の声の勢いが落ちる。


「でもダンジョンの敵全部までがそうだってなると、お前の影響が大き過ぎやしないか?」

「……やっぱりそう思うか?」


 顎に手を当てて少し考え込む。金髪は黙って俺の言葉を待っていた。


「ひょっとして、自覚してないだけでお前自身がヒュドラだったりとか?」


「え? やめてくれよ。そういう不思議なこと言われると頭がこんがらがるだろうが」


 金髪は本当に混乱していた。

 失礼ながら、こんなのがラスボスの超越者とはちょっと思えない。


 もしそうだとしたら、思ったよりヒュドラ討伐はラクなのかもしれん。

 地上に出てきたところをモニク先生に斬ってもらえば終了だろこれ。

 違うだろうから、そんなことは頼まんが。


「あたしはヒュドラの奴が大っキライなんだ。それが実は自分のことだったとか勘弁してくれよ」


「ま、市販されてるゲームの情報だってんなら、お前の記憶を参照したとは限らないからな。順番が逆で、ゲームの情報を元にお前を創造したのかもしれない。お前がそのゲームを好きだったのは単なる偶然とか」


「ならいいけどよ」


 うーむ。今まで見たヒュドラ生物の中で最強なのに、創造主に忠誠心は無し、と。

 ヒュドラも苦労してんだな。知ったこっちゃないが。


 だがこの情報、伝えておいたほうがいいかもな。モニクはまだ外にいるだろうか?


「そのゲーム、なんて名前だ?」

「『ドゥームダンジョン』……」


「ふむ。んじゃ俺今日はもう帰るわ。そういやお前、まだ名前聞いてなかったな」


 こちらが聞かないからって、ずっと名乗らないとか割と失礼なヤツだよな。


「ハ――」

「ハ?」


「いや、それは人間だったときの名前だからもういい。今の名前はない。そうだな、名前ないと不便か。なんかいいのないか?」


 え? うーん?

 ハ……、ハねえ……。


「ハイドラ、とかどうよ」

「ハイドラ……ハイドラか。いいなそれ。強そうだし」


 いいんか。


 ハイドラ。

 ヒュドラ、つまりHydraの発音を変えただけなんだけどな。

 本人がいいって言うならいいんだろ。


「んじゃまたな、ハイドラ」


 結局俺は一度の戦闘だけで地上に引き返すことにした。

 慎重に行くのは大事だな。


 出口に向かって歩く。

 ハイドラはまだ何か言いたそうにしていたが、特に追ってくることも声をかけられることもなかった。




 地上に出ると、モニクがまだ外で待っていた。


「アヤセ、無事だったか。中はどうだった?」

「あまり探索できなかったけど、ちょっと気になる情報があったんで伝えたくて」


 俺は事の顛末をモニクに話した。


「その金髪人型のヒュドラ生物はボクも確認しているが、確かに群れの中で孤立しているように見える。放置でも問題はなさそうだ。実力はアオダイショウよりは上だが、各地の封鎖地域に居る巣の主ほどではないといったところだな」


 ヒュドラの巣の主。中ボス級の奴らはヒュドラ毒がなくても活動できる。

 つまり水や雨は弱点ではないという話だった。なら確かにハイドラよりも格上なんだろう。あいつは雨を嫌っていたからな。


「結局あいつは何者なんだろう?」


「実験的に造られた特殊個体か。ヒュドラがこの地の眷属を造るときに記憶を参照しているくらいなら、それなりに重要な位置付けではあるのだろう。ただ、ヒュドラにとって重要でもボクたちの目的とは全く無関係、ということもあり得るかな」


 ヒュドラの思考は分からんからな。今やってる地球侵略みたいなのとは全然別の実験、という可能性もあるってことか。


 俺たちがヒュドラを止めるに当たっての障害になるのかどうかというと、確かに今のところあまり関係ない気はするな……。

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