第44話 デートの終わり/悠人の覚悟/少しずつ、少しずつ

 槍原が戻ってきたのは、それから五分後くらいのことだった。


「あれ、月乃先輩どこ行きました?」

「猫にご飯あげてるよ。ほら、あそこ」


 離れた場所で、白猫に店内で販売してたちゅーるをあげる月乃を指さす。ぺろぺろとご飯を舐める猫の姿を、月乃は優し気に見下ろしていた。


 俺も他の猫にエサを上げたかったのだが、どの猫も俺が近寄ると知らんぷりするので仕方なく眺めるだけだ。もしかして俺、猫に嫌われてない?


「っていうか、何食わぬ顔で戻って来てるけどさ。槍原、何も言わないで席を立ったのって、俺らに気を遣ってだろ?」

「さー、何のことでしょ。ウチは店長に呼ばれたからそっち行っただけですよ?」


 とぼけた顔をしてるけど、確信犯なのは間違いない。

 こう見えて誰よりも気を利かせようとするのだ、槍原は。


「けど、びっくりしました。まさか、月乃先輩がパイセンのこと好きだったなんて。生徒会の恋愛事情には一番詳しいつもりだったのになぁ、全然気づきませんでした」


 無理もない。月乃は俺が好きって気持ちを、誰でもない俺に知られたくなくてずっと隠してたんだから。


「でも、考えてみたら当然かもですね。悠人パイセンと月乃先輩って、傍から見れば付き合ってないのが不思議なくらい仲良かったですもん」

「え、そうなのか。幼馴染なんてみんなこんなものだと思ってたけど」

「その幼馴染観は如何なものかと……。まあ、仲が良いに越したことないんですけどね」


 槍原は苦笑をすると、


「気づいてました? 月乃先輩って、生徒会で喋ってる時とかいつも無表情なんですけど、パイセンが来ると少しだけほっとしたような顔するんですよ? それこそ、ご主人様が帰って来て喜ぶ子猫みたいに」


 それは、気づいてないって言えば嘘になる。

 でも、それが俺にとっての日常だから今更考えたりなんてしなかった。小さな頃から一緒にいたんだ、俺だって月乃の隣が一番落ち着く。


「それまでは、これが幼馴染の友情ってやつなのかなー、とか思ってたんですけど。少なくとも、月乃先輩は違ったみたいですね」

「……少なくとも、ね」


 槍原の言いたいことは分かる。月乃は俺に想いを寄せてたかもしれないが、少なくとも俺は、月乃のことを幼馴染としてしか見ていなかった。


 だってその頃の俺は、日向に初恋をしてたんだから。


「えっと、余計なお世話かもですけど。パイセン、無理とかしてないですよね?」

「なんだよ、無理って」

「だってその……パイセンって、日向会長のことが好きでしたし。月乃先輩から告られたって聞いてから、大丈夫かなって」


 ああ、なるほど。つまり、こういうことか。

 俺が日向への初恋を忘れられないまま、月乃に告白をされて苦悩している、と。そう槍原は心配してくれてるのか。


 ……けどさ、槍原。その優しさは嬉しいけれど。

 あんまり、俺を見くびらないで欲しい。


「無理なんてするかよ。っていうか、そんな中途半端な気持ちで月乃とデートするなんて、最低だろ」


 いつもより語気が荒いからか、槍原が驚いたように俺を見た。


「あいつは本気で俺を好きだって言ってくれたんだから。俺だって真剣に月乃の気持ちに向き合わなきゃ、男どころか幼馴染としてだって隣にいる資格なんてないよ」

「えっ――じゃあパイセン、日向会長のことは……?」

「俺なりにケジメは付けたつもり。……日向はもう、同級生じゃなくて家族だからな」


 虚勢や見栄なんかじゃない。これは紛れもない本心だ。

 だからこそ俺は、日向と最初で最後のデートをしたのだから。


 日向は、日向だ。彼女が同級生だろうと、家族だろうと、俺の初恋の人だってことは変わらない。そこに嘘や誤魔化しなんて通用しない。

 だから、そんな自分を認めて日向を家族として大切にしていきたい。そう決めた。


「……パイセン、凄いですね。あんなに日向会長にガチ恋してたのに」

「ガチ恋って、お前なぁ」

「や、これは冗談とかじゃないですよ? 誰が見たって日向会長に一途でしたもん。こんなにずっと好きなくせにいつ告白するんだろ、って思ってたくらいですもん」


 むぐ……まあ、似たようなこと月乃にも言われたけどさあ。


「だから、パイセンは立派です。誰のせいでもないのに失恋して、いつまでもうじうじしてないんで前を向いてるんですから」

「……なんか、お前にちゃんと褒められるの初めてな気がする」

「失礼な。ウチはいつでもパイセンのこと尊敬してますよ?」

「まあ、そういうことにしとくか。ありがとな」


 そう、日向への気持ちに俺なりの答えは出したつもりだ。

 だから今度は――月乃への気持ちに、向き合わなきゃいけない。


 幼馴染としてではなく、一人の少女として月乃のことをどう思っているのか。それを知るためには、時間が必要だと思うから。


「ねえ、悠人。見て見て」


 その声音に視線を移せば、月乃が猫の喉をくすぐるように撫でていた。


「この子、喉をごろごろ鳴らしてる。今なら、悠人も触らせてくれるかもしれないよ?」

「ん、そっか。考えてみたら、まだ猫に触らせてもらってないしな」


 小さく笑う槍原を一瞥してから、月乃へ歩み寄る。

 俺と月乃が過ごした幼馴染っていう時間は、あまりにも長い。だけど、少しずつ距離を寄せて行けたら良いよな。


 これはまだ、初めてのデートなんだから。


 ……ちなみに、だけど。

 俺が近寄ると白猫は逃げるように去って行ったのは、あくまで余談だ。

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