第41話 ちゃっすー/パイセンと天使先輩/後輩ちゃんの誤解
突然、聞き慣れた少女の声がした。
慌てて視線を移すと、俺も、それに月乃も驚いたように固まった。
そこにいたのは……。
「や……
「ちゃっすー。学校以外でも偶然会っちゃうなんて、これって運命かもですね☆」
軽い口調で喋りかけてきたのは、俺も月乃もよく知る女子生徒――生徒会の後輩である、槍原だった。
槍原は学校でよく見る着崩した学生服姿ではなく、シャツにエプロンというきっちりした服装をしていた。
これって、まさか……。
「もしかして、槍原ってここで働いてたのか!?」
「実はそうなんですよねー。どうです先輩方、ウチの制服姿が似合ってたら素直に褒めてくれて結構ですよ?」
そういえば月乃がこの猫カフェを気に入ってから、ちょっとだけ生徒会で流行った時があったもんな……。槍原が知っていても不思議じゃないか。
「でも、まさかパイセンと月乃先輩が遊びに来てるなんて。幼馴染同士だけあって、休日でも一緒なんですね~」
「えっと。それなんだけどさ……」
「あっ、そだった。まだバイト中なんであんまり私語とかダメなんですよね。あとちょっとで休憩入るんで、それまで待ってもらっていいですか?」
「なっ! ちょっと……!」
行ってしまった……。参ったな、あれ絶対俺と月乃がただ遊びに来ただけって勘違いしてるぞ。
見れば、月乃は何とも言えない表情で膝の上の猫を撫でていた。
「ははは……なんか、ごめんな。今日は月乃との特別な日だったはずなのに。もしあれだったら、今からでも槍原に説明しに行こうか?」
「……ううん、別にいい」
月乃は穏やかな表情を浮かべた。
「わたしは、槍原さんがいても気にしないよ? わざわざ声をかけてくれたんだもん、優しい後輩だなって素直に思う」
「……ほ、ほんとに? 怒ったりしてない?」
「まあちょっとだけ、おのれー、って気持ちはあるけど。だけど、槍原さんとお喋り出来るほうが嬉しいかな。……それにね」
ぽつりと、月乃は口にした。
「さっきも言ったけど、悠人とはこれが一度きりのデートってわけじゃないから」
「……ん、そっか。なら、良かった」
俺が元の席に戻り、しばらくしてから槍原が「おつかれでーす」と現れた。
「でも、槍原って生徒会も入ってるのにバイトまでしてるんだな」
「って言っても、週一くらいの軽いシフトですけどねー。でもほら、何か猫カフェって楽しそうじゃないですか? 動物と同じ空間で働けるとか世界観ほぼジブリですし」
槍原はおもむろにスマホを取り出すと、
「ウチ、カフェの宣伝とか任されてるんですよ? このアカウントもウチが書いてますし」
月乃と一緒にスマホを覗き込めば、そこにはSNSの『ねここねこ』というアカウントで、一匹の猫がソファで寝そべってる写真が投稿されていた。
そのハッシュタグは、こんな感じだ。
#今日のミーシャ
#最高かよ
#猫ちゃん好きピ
#可愛すぎて語彙力がヤバい
#猫好きさんと繋がりたい
これ、一目で槍原が書いたって分かるな……。
ぽつり、と月乃が呟いた。
「……可愛い」
「ですよねですよねっ。この白いお腹とか、うりうり~ってしたくなりません?」
ぶんぶん、と強く月乃が頷いた。槍原風に言うと、わかりみが深い、ってやつか。
「槍原さん、いいなぁ。……これ、いくら払えばさせてくれるの?」
「えっ……い、いや、むしろお金もらってますよ? これ仕事ですもん」
「えっ――猫の写真を撮って時給がもらえるなんて、そんな夢みたいなお仕事が……?」
月乃、言葉を失ってるぞ。そんなに衝撃だったの……?
「良かったら月乃先輩もバイトしてみます? ウチが店長に紹介しますけど」
「……いいの?」
「もちろんですよ~! 我らが生徒会の天使様のお願いですもん、何でも聞いちゃいますよ!」
「けどさ、カフェで働くってことは接客しなきゃいけないんだぞ? 月乃、知らない人と笑顔で喋れるのか?」
「……悠人がいてくれたら出来るかも。悠人も一緒に働こ?」
「どうしてそうなるかな。悪いけど、俺は家事があるから無理だ」
「そっか……。じゃあ、残念だけど諦める」
よし、平和的に解決したな。
俺が満足してコーヒーを飲もうとした時だ。
「ホント、パイセンと先輩っていつも一緒ですよね~。まさに幼馴染、って感じ」
にしし、と槍原が愉快そうな笑みを浮かべた。
「なんか、月乃先輩が羨ましいです。あーあ、ウチも幼馴染の男の子とだらだら遊んでるだけの人生が良かったなぁ」
「……そうかな? ずっと悠人と一緒だったから、あまり分からないけど」
「そうですよ~。だって、こうして猫カフェに付いてきてくれるなんて超良いじゃないですか。気軽に一緒に来れるなんて、幼馴染の特権って感じ?」
「えっと、さ。そのことなんだけど……槍原、勘違いしてるぞ」
多分、誤解は早く解いた方が良いんだろうな。
俺と月乃は、幼馴染ってだけでここにいるわけじゃないんだから。
ちらり、と月乃を横目で見る。月乃は俺の背中を押すように、こく、と小さく頷いた。
「……? 勘違い、って何がですか?」
「槍原は俺と月乃が、幼馴染だからこのカフェに来たって思ってるんだよな?」
「実際そうじゃないですか。二人が仲良しってことは、生徒会のみーんな知ってますし」
「そうだけど、そうじゃないんだ」
深呼吸。そして、はっきりと口にした。
「俺と月乃は――デートで、ここに来たんだよ」
「………………………………………へ?」
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