⑦今日だけは、片思いの二人として

第33話 やがて朝は来る/ファッション・チェック/悠人と日向、それぞれの視点

 夜が明けて、朝が訪れる。


 まだ眠っている幼馴染を起こさないようにベッドから出て、二人分の朝食を用意する。腹ごしらえをして出掛ける準備を終えたら、行ってきますと月乃に書き置きを残した。


 よし、行こう。

 向かうのは、待ち合わせ場所であるこのマンションの最寄り駅。


 約束の時間まで大丈夫かな。焦る気持ちで、何度も時計を見ながら改札前に到着して……思わず、石になったように固まってしまう。

 いた。落ち着かないように辺りを気にしている少女――日向だ。


 初めて見る服装だった。白のブラウスとロングスカート、その上に淡い灰色のニットベストを重ね着した、どこか上品さすら漂う清楚なコーデ。

 可愛い――すごく可愛い。


 ……はっ、危ない。もう少しで完全に我を忘れるとこだった。

 大丈夫、だろうか。今日の俺の服装は槍原にアドバイスしてもらったけど、日向に笑われたりしないだろうか。


 実は、今回のデートは全面的に槍原のサポートを受けていた。高校になって初めてのデートだ、俺一人でプランを決めるのはリスクが高すぎる。


 だから、家族としての絆を深めたいから、と建前では説明して、後輩の槍原に相談していたのだった。槍原は、それって姉弟デートじゃないですか~、ってイジってたけど。


 だけど、槍原は真剣に俺の相談に乗ってくれたのだ。いくつもの服屋を巡って、槍原から合格点をもらったファッションだ。

 信じてるぞ、槍原。


「お待たせっ、日向」


 焦る気持ちを落ち着かせて、待ち合わせをしていた日向に声をかける。

 ……しかし、


「あっ、悠人君。ううん、全然待ってなん、か――」


 まるで雷に打たれたように、日向が硬直した。

 な、なんだ? 日向、こっちをじっと見つめてるけど……まさか。


「もしかして、俺の服装、ちょっとおかしかったかな。日向とのデートだから、いつもとは雰囲気変えてみたんだけど」

「……うん、悪くないと思うよ?」


 そこで、日向はくるりと振り返ると、


「それより、早く駅に入ろ? 電車来ちゃうよ」

「あっ……うん、そうだな」


 様子がおかしいけど、どうしたんだろ。

 電車に乗った後も、日向はちっとも俺の方を向こうとしない。それどころか、あのコミュ力お化けの日向が一言も喋ろうとしない。


 ……まさか、そんなに俺の服装ってダサい?

 槍原、あんなに時間をかけて選んでくれたのにな……いや、まだデートは始まったばかりだ。たった一度のデートなんだ、日向が楽しんでくれるよう頑張ろう。



                    ◇



 ……ちょっと待って。どうしよう、これ。

 今日の悠人君の服装、好き過ぎるんですけど……っ!


 ダメ、ちゃんと見れない。直視なんてしたら絶対にやにやしちゃう。ロングコートとか、スキニージーンズとか、こんなに大人っぽい悠人君のファッションなんて初めて見た。それに髪も絶対セットしてるよね? 待って、無理。似合い過ぎてて語彙力が崩壊しそう。


 そっか、家だと悠人君のラフな格好しか見てないからこんなに新鮮なのかな。

 でも、それにしてもカッコ良すぎる……っ!


「なんか、変な空気なっちゃったな。服に気合入れ過ぎて、ごめんな」

「~~っ!? そ、そんなことないよっ!? えっと、その――たまには、そういうのも良いと思うよ? 私は嫌いじゃないかな」

「ほ、ほんとか? 良かった、日向にがっかりされたくなかったから、ほっとした」

「……う、うん」

「でも、もうこの服も着る機会ないかもな。日向のデートのために用意したんだし」

「えっ――そ、そんなの絶対ダメっ! ほ、ほら、家族同士でもコーデには気を付けた方が良いと思うよ? たまには、悠人君のそういう服も見てみたいかな」

「そ、そうか? 日向がそう言うなら……」


 ふう、良かった……じゃなくて。

 どうして、こんなに動揺してしまうんだろう。今までの学園生活だって、悠人君への気持ちがこんなあからさまに出ることなんてなかったのに。

 やっぱり、悠人君との初めてのデート、だからなのかな。


「そ、そういえば、今日は悠人君は何処に連れて行ってくれるんだっけ」

「あれ、忘れちゃったのか? 少し前に、日向に話したはずだけど」


 そ、そうだったっけ? 多分、上の空で返事しちゃったんだ。ここ数日は、悠人君とのデートで頭がいっぱいだったから。


 ……何か、駄目だな。空回りばっかりしてる気がする。

 こんな時、月乃ちゃんならきっといつも通りなんだろうな。


 悠人君の幼馴染で、何年も一緒にいて。悠人君にデートに誘われても、付き合いの長い夫婦みたいにいつもみたいに表情も変えないに違いない。


 何よりも、月乃ちゃんは悠人君のことが好きだから。きっと、悠人君とのデートなら喜ぶと思う。

 本当に悠人君がデートに誘うべきなのは、私じゃなくて――。


「日向……?」

「っ!? あ、ご、ごめん。えっと、行き先をもう一度確認しておこうかな、って思って。降りる駅を間違えたら大変でしょ?」

「ああ、それもそうかもな。これから行く場所は、遊園地なんだ」

「――えっ」


 ぽかんとする私に、悠人君ははにかむように口にする。


「俺が子どもの頃に、何度か行ってる思い出の場所なんだ。……多分、高校生になった今でも、日向と一緒に楽しめると思う」



                   ◆



 場所の候補なら、いくつでもあった。それでもこの遊園地を選んだのは、日向に楽しい時間を過ごして欲しかったからだ。


 友達の多い日向なら、有名なスポットは何度も訪れてる可能性がある。だから槍原と相談して、あえて日向が来たことのなさそうな場所を選んだ。

 何より、この遊園地は小さな頃から何度も訪れた思い出の場所だ。どのデートスポットより上手く案内する自信があった。


 入場ゲートを潜ると、そこには昔の記憶と変わらない光景が広がっていた。期待に顔を輝かせる家族やカップル、華やかなアトラクション。溜め息が出てしまうくらい懐かしい。


 ふと気づく。

 まるで夢でも見ているような表情で、日向がぽーっと遊園地を眺めていた。


「あっ……ご、ごめん。ちょっと、ぼーっとしちゃって」

「あ、ああ。そうなんだ……」


 大丈夫だよな? 日向、さっきからやけに様子がおかしいけど……。


「と、とりあえず、アトラクションに乗ろうか。日向、絶叫系とか大丈夫?」


 ぎこちなく頷いた日向と一緒に、俺たちはアトラクションへと歩き出した。

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