第4話 初対面/日常クライシス/ブラック・ブラック・コーヒー

 約束の土曜日まで、ほんとにあっという間だった。


 ちなみに、俺は姉さんであるその女性のことを何も知らない。せめて名前や年齢を教えて欲しかったが、「そんなの会えば分かるだろ」と一蹴されてしまった。我が親父ながら適当過ぎない?


 来客用のお茶請けの用意を終えた、その時。チャイムの音が部屋に響いた。


「っ、は、はいっ。今、行きます」


 玄関に立ち、恐る恐る覗き穴に近づき――「えっ?」と声が零れた。


 扉の前にいたのは、清楚なワンピースを着てそわそわとする同年代の少女。

 日向、だった。


 どうして日向がここに……? 慌てて扉を開けると、日向は緊張した面持ちで、


「あっ、悠人君。えっと、こんにちは。学校の外で会うのは久しぶりだね?」

「あ、ああ、そうだな。っていうか、どうして日向が俺の家に? 生徒会の急用か?」


 日向の私服姿なんて見るの、いつ以来だろう。見慣れないカジュアルな服装に、ついどぎまぎしてしまう自分がいる。


「あっ、ごめんな立ち話させちゃって。何か用件があるなら家の中で……っと、そういえばすぐに待ち合わせがあるんだっけ。悪いな、何か変なこと言っちゃって」

「……ううん、全然いいよ。生徒会は関係ないんだ。悠人君に大切な話があるから、ここに来たの」

「俺に、大事な話?」

「哲也さんから教えてもらったよね? 悠人君に、お姉さんがいるってこと」

「――え」


 ちょっと待て。どうして日向は俺の親父の名前を知っているんだ? いやそもそも、どうして俺に姉がいることを知っている?

 その秘密を知っているのは、俺と親父以外だと――姉さん本人くらいのはずなのに。


 ……まさか。


「日向、もしかして――」

「……やっぱり、気づいてなかったんだね」


 くす、と日向が笑みを零す。

 その顔に浮かぶのは、心を奪われてしまうような、可憐な微笑み。


「悠人君の同級生で、生徒会長で、そしてお姉ちゃんの朝比奈日向です――これから、よろしくね?」


 俺は、悪い夢でも見てるのだろうか。


 まさか、俺と半分だけ血の繋がった姉が――俺が片思いをしていた『向日葵の女神』だなんて。


「……? ??」

「驚くのも無理ないよ、私だって初めて知った時はびっくりしたもん。えっと、私と悠人君は姉弟で、お母さんは違うけど哲也さんと同じ子ども。おーけー?」


 ノット・オーケー。全然大丈夫じゃないです。


 さっきからちっとも頭が回らない。日向は俺の初恋の人だったのに――半分だけ血の繋がった家族、だなんて。


「は――はは、そっか。奇遇だなぁ、まさか同級生が血の繋がった姉さんだったなんて。とりあえず、家に上がる? 訊かなきゃいけないことたくさんあるもんな」

「……ゆ、悠人君? 大丈夫? 顔が真っ青だけど……」

「う、うん、平気平気。気にしなくてもいいぞ?」


 まあ、世界がぐるぐる回って見えるくらいには気分悪いけどね、今。


「そ、そうだ。コーヒーでも飲むか? 少し落ち着いた方がいいしな、うん」

「ありがと。なんか、悠人君におもてなしされるなんて、ちょっと照れちゃうね」


 ふらふらとキッチンに立ち、インスタントコーヒーの用意をする。


 もしかして、これはドッキリなのだろうか。日向はカメラを隠し持ってて、俺が慌てる様子を生徒会のメンバーがモニタリングしてて。で、ここで俺が振り返ったら「どっきり大成功!」ってパネルを持った日向と生徒会のみんなが――。


「ゆ、悠人君っ!? このコーヒー、大変なことになってない……!?」

「えっ……うわっ!」


 日向にコーヒーを差し出したその瞬間、自分の失態に気づいた。

 つい大量に粉を入れ過ぎたらしく、どす黒いコーヒーが完成していた。


 なんだこの、一口飲んだだけでギンギンに目が覚めそうな飲み物は……!


「ご、ごめん! つい、ぼーっとしちゃって。今すぐ作り直すから」

「……う、ううん! 私、全然いいよ? そのコーヒー、飲むから。飲みますっ」

「えっ――い、いやいや! 流石にこれは無理だって! 下手したらカフェインの取り過ぎで身体壊すぞ!?」

「で、でも、悠人君が私のためにわざわざ作ってくれたんだもん! どんなものでも感謝を込めて口にするのがマナーでしょ?」

「聖人過ぎてこっちが申し訳なくなる!」

「そ、それに、ちょっと苦い方が好きだから、これくらい平気だよ?」

「それ苦いってレベル越えてるぞ多分! っていうかもうコーヒーかどうか疑問を持つ色してるから! おい、どうしてカップに指をかけてるんだ……!」


 コーヒーを口元まで運ぼうとする日向を全力で止める。

 やばい、日向の目が真剣だ。これ放っておいたら絶対に飲んでる。


「すまない、日向。気持ちはすごく嬉しいけど、ほんとに止めてくれ。考え事してて失敗した俺が悪いんだから」

「…………うん」


 ようやく、日向がカップをテーブルに置いた。


「ごめんね。同級生がお姉ちゃんなんて、悠人君も動揺してるよね。私のことは気にしなくていいから、少し一人になった方がいいと思う」

「でも、この後何処かで食事しながら話そうって思ってたんだけど……」

「悠人君、外出出来るほど余裕なんてないでしょ?。ご飯ならこっちで用意しておくから、心配しなくていいよ?」

「……悪い、そうさせてもらう。世話をかけてごめんな」

「それと、ご飯もこっちで用意していい? 悠人君もお腹空いてると思うし」

「ああ、頼む。世話ばっかりかけてごめん……」


 日向の柔らかい笑顔を見届けて、俺はベランダに出るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る