第6話 聖堂①

 城下も城内も、ほぼお祭り騒ぎだった。

 セオディア・メレ・エトゥールが隣国に対して戦略的大勝利をおさめ帰還したのだ。

 よかった――カイルは単純にそう思った。その時は。



「お帰りなさいませ、お兄様」

「ファーレンシア、重傷者はいつものように聖堂だ」

 セオディアの言葉に少女は顔を強張こわばらせた。深く黙礼をする。


「?」


 カイルが見守る中、少女は自分の侍女や使用人達を集めた。ついてくるカイルに、彼女はためらいながら真実を告げた。


「こちらは手のほどこしのない者達です。私達はここで最後の見守りをするのです」




 足を踏み入れた聖堂には多数の怪我人がいた。五十名ほどだろうか。

 聖堂の重傷者は、この世界の医術では明らかに助からないものだった。

 全身に火傷を負ったもの。

 首や身体に大きな傷を負ったもの。

 骨折はまだしも手足が欠損したものも多数だった。


 治療を諦めた死に行く者達。あのときカイルが召喚された聖堂は、戦争直後に終末期の見守りターミナル・ケアの施設と化すことをカイルは知った。





 カイルはショックを受けた。

 この光景に加担したのは、間違いなく自分だった。

 カイルは自分の今までの愚行ぐこうと、なぜ接触が禁忌きんきとされたのか正確に悟った。

 影響が大きすぎる。

 自分の些細ささいな助言が、聖堂に横たわる五十人以上の運命を決めたことは間違いない。さらにはその家族の未来も変えた。

 それはドミノ倒しのように国の運命を変えるのではないか。





「……持ってきてくれ」

「え?」

「……清潔な白い布、布をきる刃物、ひも、水、、針、糸だ。大量に」

「は、はい」

「すぐにっ!」

「はいっ!」

「あとなるべく強い酒とおけをあるだけ」

 ファーレンシアは侍女や使用人に指示をした。


「ファーレンシア」

 カイルは少女を見た。

「ここから助けたい人を十名選んで」


 ファーレンシアは息を飲んだ。生命の選別を少女に託すにはこくだったが、カイルには誰を優先すべきか判断できないからだ。


「奥にいる団長の二人だ。あとの八人は身分に関係なく一番重体の者からでいい」

 いつのまにか、聖堂の入口にセオディアが立っていた。

「残りの者は天の判断にまかす」


 天の判断――――その天が『精霊』をさすのか、カイルをさすのか。

 若き領主であるセオディアが聖堂内で指示を飛ばす。

「彼が言ったものをすぐに用意しろ」




 カイルは自分の体内に常備が義務付けられている応急処置用の治療ナノチップの残数を確認した。

 地下牢の件で西の民のために消費してしまっている。あと三十はあるが、十は自分のために残したい。

 元々は急激な環境変化に対する自衛用の身体維持アイテムなのだ。


 セオディアはカイルを奥に横たわる二人の怪我人の元に導いた。

 カイルはその内の一人が初日に見かけた「クレイ」と呼ばれた人物であることを覚えていた。


 カイルはそばに膝まづくと男の一番ひどい頸動脈けいどうみゃくの傷に手を当て、自分の治療チップを分け与えた。淡い光が彼の手と傷口から漏れていて時間とともに患者の容体が多少安定したように見えた。


「傷口を洗う必要がある」

「私がやろう」


 セオディアはカイルの指示の元、血と泥を洗い流し、酒で傷口を拭き取った。

 その間カイルは針を火であぶり、糸を酒で消毒する。


「傷を縫うのか」


 一つの傷に思ったより時間がかかった。カイルにあるのは記憶された旧式な技術の知識で、経験によりつちかった腕ではないのだ。

 ああ、医療専門家のシルビアが今ここにいれば、もっと上手くやるだろう。


「私は裁縫が得意です」


 ファーレンシアの侍女が名乗りでた。確かマリカという名だった。

 気丈だな、とカイルは思う。彼女の手は震えていたが、その申出を受け、カイルは傷の洗い方、針と糸は消毒することを教え、縫う範囲を指示した。


 彼女が一つの傷を抜いあげたのを見て、次々と手伝いを申し出るものがでた。

 先ほどまでの死者を見送るための静寂は消え、そこは生の扉をつかむための戦場と化した。誰もができることをした。

 死にゆく仲間に最後の別れをつげるために訪れた団兵達は、いつもと違う聖堂の様子に呆然とし、事情を知り、加わった。


 白い布を細くきり包帯を大量につくらせる。その包帯はあっという間に消費された。

 止血をしなおし、時間ごとに紐をゆるめるように教え、痛みで暴れる者は頸動脈洞けいどうみゃくどうを圧迫して失神させた。


 治療ナノチップが、もっとあれば話は簡単なのだ。だが、ない。


 確実に助けられる者と、助けられぬ者が出るだろう。カイルは唇を噛み、慣れない治療を続けた。


 時間は刻々とすぎていき、容態を安定できたのはわずか十四人で予定のチップはつきた。残すつもりだった自分の分を使い果たしても救えたのはさらに五人までだった。


 体内の急激なチップの消失は、カイル自身の体調を悪化させた。


「少し休憩したまえ。顔色が悪すぎる」

 セオディアはカイルが身を削って治療をしていることに気づいていた。

「――でも」

「いいから精霊樹のそばに行け、あそこなら多少の癒しは得られる」



 時刻は真夜中になっていた。

 強引に聖堂から追い出されたカイルは仕方なく言われた通りに大樹に向かった。その前に座り込み、みきに背をもたれさせる。

 精霊樹は月のない夜だというのに、淡く光を帯びていた。確かに癒しの力はあるのかもしれない。

 多少、呼吸が楽になったような気はした。



 ああ、僕はなんてことをしたんだ。



 疲労困憊ひろうこんぱいのカイルはその時、羽音を聞いた。

 のろのろと顔をあげると一番近い枝に鳥がいた。赤い鷹――精霊鷹だった。

 近距離ではっきり見える翡翠ひすいの瞳が精霊樹の淡い光の中でカイルを見下ろしていた。


「……お前がエトゥールの守護鳥ならあの聖堂の人々を助けろ。お前の手で」


 完全な八つ当たりをカイルは口にした。


「異星人に頼るな。僕は何もできない。僕は助け手ではない。僕に力はない……完全に人選ミスだ。僕ではなく、シルビアを呼ぶべきだったんだっ!」

 カイルは叫んでいた。

「僕は降りるべきではなかったっ!」




 精霊鷹はカイルの言葉を聴くかのようにを長く見つめたあと、不意に上を見た。

 つられてカイルも見上げた

 精霊樹のみきは太く一直線に天に伸びていた。




 唐突にカイルの脳裏に急に川が流れるように道が見えた。

 道だ。1本の道が天に向かって伸びている。

 道は、はるか虚空こくうに続き、その先にいるのは――



「ディム・トゥーラっ!!!!!」



 観測ステーションの中で、ディム・トゥーラは突然の衝撃に強烈な頭痛と吐き気を覚えた。

 目眩めまいに耐えつつ、ディムは怒鳴った。こんな強烈な規格外の思念波を放つ馬鹿は一人しかいない。

「カイル! 俺を殺す気かっ!!!」


『繋がった、繋がった』


「落ち着け、今、どこだ?」


『下だよ、地上だ、エトゥールにいるんだっ!』


 頭痛をこらえ、傍にいるイーレに手振りで伝える。

 イーレは地上をモニターに映し出した。通信障害ジャミングは消えて大陸がはっきりと映っていた。

「シルビア、すぐにきて。今ならカイルを探せる」



「自分でおりたのか?」


『違う、部屋からいきなり地上に転移したんだ。強制的に!!』


 ――やっぱりな

 ディムは自分の予想が当たっていたことを理解したが、問題は今のカイルの状態だった。

 ひどく感情が乱れている。これでは同調は長く続かない。

 連絡を受けたシルビアが駆け込んできた。


『……助けてくれ』


「大丈夫だ、落ち着け。そのために俺たちはいる」


『治療チップがいる。もう1個もない』


「怪我をしたのか⁈」





「ID、生命反応バイタルを確認しました。カイル・リード本人です」

「座標と個体状態の確認を」

 イーレが指示をだす。

「極度の疲労、精神メンタルに高負荷のストレス、限界値を超えています」

 シルビアはぎょっとした。

「体内の応急処置用治療ナノチップの残存がありません!」





 カイルは己の感情をコントロールするに必死だった。

 焦るな。泣くな。自分の感情で接続を切るな。

 これは命綱だ。聖堂の人々の。


「……治療チップが大量にいる。再生チップも欲しい。戦争があって、人が死にかけている。全部僕のせいだ。僕が引き起こした……」


 この惑星に跳躍ダイブしなければ――。

 地上に降りなければ――。

 地図をかかなければ――。


『お前、まさか自分のチップを……』


中央セントラルの法規なんてどうでも、いいんだっ!何十年の禁固でも、どんな賞罰でも受けるっ!だから……だから……」

 望むことはただ一つ。

「――彼らを助けてくれ……」





「ディム・トゥーラ、彼の精神負荷ストレスが限界です。刺激をせず、落ち着かせて。このままでは彼は心的外傷トラウマを負ってしまう」





『わかった、用意する……だからお前はその座標から動くな。俺はお前の支援追跡バックアップをする。お前がここに戻るまで』


 ディム・トゥーラの言葉にカイルの心はいだ。

 一人ではない。地上におりているが一人ではないのだ。


『チップは準備ができたらその座標におろす。その周辺にいるんだな』


「いる」


 ディムはそう告げたが、カイルにはわかっていた。

 間に合わないだろう。

 そもそもチップを無事送る算段がない。しかも送れば同罪だ。夜明けまでに何人の命が消えるだろうか。


『お前にせきはない。お前が戦争を起こしたわけではない』


「でも――」


『お前がいなくても戦争は起きていた。それが古来からの歴史だ』

 ディム・トゥーラの思念は静かだった

『お前ひとりぐらいで歴史は揺るがない。逆にこう考えろ。お前は今生きている人々を救ったと』


「ディム、僕は――」





 前回と同じように接続は唐突に切れた。見上げると精霊鷹も去っていた。何度試みても、先ほどの念話ですら幻だったかのように繋がらなかった。

 今は体力を消耗するべきではない。

 カイルは諦めてのろのろと聖堂の方に向かった。


 入口にはファーレンシアが待っていた。

 少女は疲労と傷心のカイルの手を引いて聖堂の中に導いた。

 カイルは再び聖堂に足を踏みいれて気づいた。


「ああ、精霊樹のいやしに似ているのか」


 聖堂内の空気の類似にカイルはようやく気づいた。


「ええ、僅かですが、ここは精霊樹の癒しの力が流れこんでくるのです」

「ごめん……僕には救うことはできなかった……あの日、降りてきたのが僕じゃなければ」

「いいえ、貴方は救ってくれたのです」


 少女はカイルをやさしく抱きしめた。


「私達の心を」

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