第5話 西の民②

 ハーレイは襲撃者の衣服を裂き、手慣れた様子で縛りあげる。自殺防止のためか猿轡さるぐつわも忘れない。その手際のよさに野蛮な行為とわかっていながらついつい見守ってしまう。


 それから彼は上の気配を伺った。鉄格子てつごうしの扉は開いたままだ。身振りで脱出するかとハーレイがきいてきたのでカイルはうなずいた。

 カイルは子供を、ハーレイは老人を抱えて階段を登ろうとした。

 が、急に上が騒がしくなった。多人数の気配がする。


 敵の増援か⁈


 二人は階段を登るのをあきらめ、牢の中に戻り身を隠した。ハーレイは老人を丁寧に横たえると、暗闇の中で奪いとった剣を構え腰を落とした。カイルは足手まといにならないよう、持っていた防護壁シールドの金属球を密やかに起動した。


 何人かがあかりを持って降りてくる。


 彼等も地下牢の異常に気づいているらしく、移動はゆっくりだった。じょうが空いたままの鉄格子てつごうしの扉を警戒しながら開き、足をふみいれてきた。

 ハーレイは飛び出した。襲撃に相手も応戦の態勢をとる。

 そのときカイルは相手の鎧に入った紋章に気づいた。と、同時に近くにいるファーレンシアの思念も感じた。


「待って、彼等は味方だっ!!!」


 カイルは叫び、同士討どうしうちを止めるためにその間に飛び込んだ。





 カキーンと硬いものに当たる音と一瞬の光。

 双方の刃は、カイルに当たると彼を傷つけるどころか、折れて床に転がった。

 カラカラと折れた刃が回転しながら床をすべる。




――やっちまったぁぁぁぁ――――。


 カイルの周囲に自動展開された防御壁シールドが刃を粉砕したのだ。剣戟けんげきの中に飛び込んだおろかな人間が、刃を砕き無傷でいる。

 信じられない物を見たというように、誰もが凍りついている。

 同士討ちを止めるという初期目的は完璧に達成されているが、何か違う。


――やっちまったものは仕方がない。

 カイルは開き直った。


 カイルは何事もなかったかのように自分にかかった金属片を静かに手で払い、異民族を背後にかばう位置に立った。

 戦意がないことを示すように両手をあげ告げる。


「彼らは長くここに監禁されていただけだ。僕はカイル・リード。セオディア・メレ・エトゥールもしくはその妹姫ファーレンシア・エル・エトゥールへの身元の確認と全員の保護を要求する」


 階上から声が降ってきた。


「彼は客人であるメレ・アイフェスです。西の民にも敵意はありません。すぐに救出と手当を」

 ファーレンシア・エル・エトゥールがすべてをおさめた。





 少年と異民族五名は保護された。彼等の惨状に偏見のあるものも黙ったようだ。地下牢から丁寧に運ばれていく。

 セオディアの帰還まで城内で治療と一時的な居住を確保することになった。


「彼等に君が信頼できる護衛をつけた方がいい。偏見のない者が好ましいかな」


 ファーレンシアはうなずいて、指示をだした。


「救出が遅くなり申し訳ございません」

「ファーレンシアなら気づいてくれる、と期待していたんだ。ありがとう、助かったよ。よくここがわかったね?」


 ファーレンシアは微笑ほほえんで、空を指差した。

 監禁場所の屋根の上に赤い鷹がいた。


「――!」


 カイルは背筋が凍った。


「彼が導いてくれましたわ」

が⁈」

「はい」

「……本当にが?」

「ええ、そうですよ」


 それからファーレンシアは笑いをこらえるように口元を手で隠した。


「精霊鳥をアレ扱いするのはカイル様ぐらいですね」

「いやいや、だって得体が知れないよ?最初に身体を奪ったことを怒っているかもしれないし、嫌味をするぐらい知性はあるし――」

「嫌味?」

「僕が子供の頭上でしたように、頭の上で三度旋回せんかいするんだ」


 耐えきれずファーレンシアは吹き出した。


「カイル様、愛されてますわね」

「嫌だっ! そんな愛はいらないっ! 断固拒否するっ! ――あっ!」

「どうしました?」

「すまない、君に用意してもらった長衣ローブを駄目にしてしまった」

「――」


 大事件の中、瑣末さまつなことを気にするカイルに、ファーレンシアは安心させるように言った。


長衣ローブは滞在中、私がいくらでも用意します」

「滞在が長くなったらどうするの?」

「いろんな刺繍ししゅう意匠いしょうが楽しめますね」

「そういう問題かなあ」

「そういう問題です。それとも精霊に滞在期間について予言をもらった方がよろしいでしょうか?」

「いらない、いらないっ!絶対にいらないっ!」


 少女の悪戯っこのような表情に、カイルはようやく揶揄からかわれたことに気づき、不覚にも笑いをもらしてしまった。

 二人はしばし見つめあい、笑い出した。


 牢から救出された西の民の男は、二人の様子をじっと見ていた。






 ファーレンシアは刺繍ししゅうをしている手を止め、思い出し笑いをした。


「ファーレンシア様、どうされました?」

 一緒に作業をしている侍女のマリカが尋ねる。

「カイル様のことですか?」


 ファーレンシアは頷いた。

 侍女総出でカイルの長衣ローブを何着か作っていた。嫌がる者はいない。むしろ参加したい侍女が多すぎて、ファーレンシアが作業を細かくふりわけたぐらいである。

 城内にカイルの贔屓ひいき集団が出現していたが、本人には黙っていようとファーレンシアは思った。


「カイル様がいらしてからよいことばかり起きますね」

「本当に」


 侍女の一人はうっとりと思い出した。


「あの東屋あずまやでのカイル様は、とても絵になっておりました。書を読むカイル様、それを見守るエトゥールの精霊鷹、それから精霊鷹は彼を祝福をし、大空に羽ばたたいて去るのをカイル様はいつまでも見送って……」


 目撃した侍女全員がうっとりと神聖な場面の余韻に浸り出した。

 目撃できなかった侍女達がずるいと唇をとがらせる。日頃の行いの差だ、とか揶揄からかいの言葉が飛び交った。



――だいぶ脚色されている……

 ファーレンシアがカイルから聞いたのは、忍耐度を試す無視合戦だった。侍女の語る描写をカイルが耳にしたら、全力で否定するであろう。

 ふふ、とファーレンシアは笑いをもらす。

 カイルが精霊鷹を苦手としていることはファーレンシアだけが知る秘密だった。

 ファーレンシアは沈黙を守ることにした。



「はいはい、皆さん手が止まっていますよ」


 女官長が注意を促し、作業は再開されたが、話は盛り上がった。


「カイル様は気さくな方ですね」

「優しいですし」

「時々、精霊樹の前で空を眺めていらっしゃる姿が、これまた絵になっていて……」

「無事でよろしかったですね」


 マリカがそっと告げる。彼女が最初にカイルの不在に気づいたのだ。聞いたファーレンシアは胸騒ぎを覚え、自分の近衛隊このえたいを動かした。

 怪しいフードの男の目撃情報にファーレンシアはぞっとした。エトゥールを導くために異国の客人がいることは、すでに有名になっていた。今回の戦況を有利にした知恵者だとも。


 誰かが彼を害そうとしている。


 心配でファーレンシアの胸は張り裂けそうになったとき、精霊鷹が彼女の元に舞い降りた。


――ああ、助けてくれるのね


 すぐに羽ばたいた吉兆の鷹をファーレンシアは指差した。


「あの鷹が導きます」

 エトゥールの姫巫女の言葉を誰も疑わなかった。




 そして精霊鷹は導いた。




 今回の不祥事に彼は激怒せず、むしろ救助の礼を言われた。

 本来なら、外交問題に発展するエトゥールの大醜聞だった。寛大な対応に関係者は胸を撫で下ろした。


 事件で保護した好戦的な西の民は、滞在中に護衛をつけることを侮辱と憤ったが、カイルの助言であることをつけ加えると、不思議なほど静かに受け入れた。

 彼はどうやって西の民の心を掌握しょうあくしたのだろうか。


 一緒に保護された子供は、北からの伝令だった。彼が襲われ監禁されたために、隣国の進軍の動きが伝わらなかったのだ。

 あの出会った夜、カイルの言葉がなければ、今頃城下まで侵略されていた可能性すらあった。


 ファーレンシアは戦場にいる兄に今回の事件を手紙にしたため早馬で知らせた。彼の返事は、勝利をおさめたので数日中に帰還する旨だった。

 エトゥールの憂いの一つが取り除かれたのだ。




「意匠はどうされますか?やはり精霊鷹でもいれますか?」


 マリカの問いに物思いから覚める。

 ファーレンシアは悩んだ。精霊鷹嫌いのカイルに着てもらえないのは困る。


「知恵の象徴の精霊獣にしましょう」

「まあ、ふさわしいですわね」


 不意に悪戯心がめばえ、ファーレンシアはこっそりと裾裏に赤い精霊鷹を刺繍した。それに気づいた時のカイルの反応を想像するのは楽しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る