第4話 西の民①
やあ、ディム、元気かな?
地上の生活はとてもエキサイティングだ。僕は今、斬新な経験をしているよ。
なんと「牢屋」に入っているんだ。
城内でいきなり背後から襲われたのだ。
布に染み込まれた怪しげな臭いに意識を奪われ、気がつけばここにいた。ほぼ真っ暗だが
カイルは体内の
なるほど、この世界にも
まさか城内で蛮行にあうとは思わなかったので、油断していたのも事実だ。
ただ自分が
いったい犯人たちはどうやって城への侵入をはたしたのだろうか。スカスカの警備の方がはるかに問題だろう。
金属の
――おのれ、犯人めっ!!
カイルの怒りのベクトルはややずれたものだったが、本人に自覚はなかった。
「!」
離れた場所に
目撃者がいなければ、応急処置をしてもいいだろう。
この世界には存在しない道具を使っての治療が終わると、子供の
カイルは考え込んだ。
ここはエトゥールの街中か、街外か。
とりあえず、子供を連れて脱出を図ろうと立ち上がったカイルは、背後の闇からすさまじい殺気を感じた。
闇の中に獰猛な人食いの獣がいる心象だった。
――待った、動物の
構えるより早く獣が飛び出してきて、カイルに襲いかかり押し倒した。
獣は人間だったが憎悪と殺意の塊だった。触れた瞬間に流れ込んでくる怒り、憎しみ、後悔と悲しみ――。
『――僕は敵じゃないっ!』
本能的に思念波を放った。男の振りかざした手が空中で止まる。
男は組み伏せたカイルをそのまま睨みつけていた。
「僕は敵じゃない」
「――」
帰ってきた言葉はエトゥールの言語ではなかった。
休戦の合図のように男は手にあった凶器を放り捨てた。それは拳大の石でカイルはぞっとした。撲殺されるところだったとは、斬新を通り越していた。
男は激しく息を切らしていたが、それは衰弱のためだろう。目がかなり鋭く、
自力で拘束をといたらしく、彼の片手には手枷の鎖が垂れていた。
カイルに興味をなくしたように、男は身体を起こし、あっさり彼から離れた。よろよろと立ちあがると奥に向かう。
驚いたことに奥にはさらに数人横たわっていた。衣服が似ているから彼の仲間であろう。
中でも老人はひどい状態だった。
老人の
「
男は顔をしかめたが、敵意がないことを認めたらしい。カイルが老人に触れることを許した。
暴行の跡、重度の栄養失調、脱水症状、発熱、肺炎の症状――生きているのが不思議なくらいの状態だった。
――長期間食事を与えず監禁されていたのか……
カイルは浮遊灯の照度を落とし、治療をすすめた。男はカイルを見張っており、仲間に何かあれば報復する気満々だった。
1時間がすぎ、老人と仲間の手当で彼の敵意はだいぶ和らいだようだった。が、自分の手当を許すほどではない。彼自身が重度の栄養失調のはずだが、動けるタフさにカイルは驚いた。
カイルは応急処置キットの中にあった携帯食糧を
だが、油断はしていない。鋭い眼光は、常に周囲を警戒している。
カイルは猛獣を餌付けしている気分になった。
男は食べ終わると、自分の手を開いたり握ったりしていた。
それからカイルの腕をたたき注意をひいた。
自分を指差す。
「ハーレイ」
名乗りはコミュニケーションの基本だな、とカイルは微笑んだ。
「カイル」
「……エトゥール?」
エトゥール人か、と問われたようなので正しくないが頷く。
ハーレイは顔をしかめた。エトゥールへの憎悪が感じられる。まあ、ここに閉じ込めたのがエトゥール人ならば彼の憎悪も仕方なしで――。
……そんな猛獣をエトゥールの城下に離すのはまずくね?
仲間が死んだら城や街に殴り込みをかけて大暴れする彼の姿が浮かぶ。
これはどう解決したらいい案件なんだ。そもそもなぜ彼等は監禁されて殺されそうになったのか。明らかに異国の装束で――。
「……西の民?」
隣の男への疑問系の問いかけに、男はカイルをじっと見つめ頷く。
――西国の民との和平もままなりません
ファーレンシアの言葉が蘇る。
和平もままならないって、この状況では無理だ。彼はエトゥールを憎んでいる。
いや、そうではない。エトゥールと西の民を不和に導こうとする悪意ある集団がいるのだ。セオディアとファーレンシアはその悪意の存在に気づいて救い手を『精霊』に求めたのではないだろうか。
カイルは二人の抱えた問題と見えない敵が大きいことに
こうなると彼等を平和的に保護するしかない。
ファーレンシアなら不在に気付き、探してくれるに違いない。あとはどうやって彼女にこの場所を伝えるか、だ。
不意にハーレイは何かに気づいたように顔をあげ唇に指をたてた。身振りで、気絶している振りをしろという。カイルは
数分後、階上でわずかに物音がした。
ハーレイは野生動物並みの聴力や勘の持主か。それとも民族特有の個性か。
誰かが階段を降りてくる気配がする。
カイルは思念で相手の気配をさぐった。背中をむけていてもはっきりと感じられた。牢に忍び寄るように入ってきた人間は武器をふりかぶり――
狙いは僕か――⁈
暗殺される心あたりはないが、カイルは身体を回転させると右足で襲撃者の足を払って時間を稼いだ。
ハーレイは共闘してくれた。
敵がカイルの反撃に気を取られているうちに、その背後から手首に垂れる鎖で首をしめた。
だが衰弱していた彼はふりほどかれ、壁まで飛ばされた。
「ハーレイ!」
再び暗殺者はカイルに襲いかかるが、カイルは巧みに剣をよけた。イーレがステーションで
――イーレ、ごめん。今度から
今度があれば、だが――。
イーレ直伝の護身術があっても、長剣を持つ相手に素手は圧倒的に不利だった。おまけに相手は素人ではなかった。間違いなくプロで、急所を狙ってきていた。
じりじりとカイルは
『目を閉じてっ!』
ハーレイが思念の忠告に従い目を腕で
すかさずカイルは蹴りを繰り出した。武器を握る手首に命中し、剣をはじきとばす。
絶妙なタイミングで空中の剣を手にしたのは、ハーレイだった。男は奪い取った剣を何の
『――殺しちゃだめだっ!』
その声を受け取ったように彼は一瞬で剣の持ち手を変え、
ハーレイは予想しなかった
すごい
カイルは悟った。彼等は恐らく戦闘民族だ。捕らえたものの強すぎて
イーレとどっちが強いだろうか。緊急時というのにカイルは
観測ステーションで、イーレは大きなくしゃみをした。
「風邪ですか?」
「いいえ、大丈夫よ」
鼻元を押さえて、イーレは顔をしかめた。
「何か
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