第96話わたし、魔法少女になりました そのごじゅうさん(わたしの意志はされたことがないことはわかりません)

 自分でうみだした地獄の底で、わたしは丸くなっていた。

 膝を抱えて頭を押しつけ、もとから小さい身体をさらに折りたたんでいた。

 さっきミドリがわたしのまえで、やっていたのを真似するように。

 さすがにそこまでまん丸くはなれないけど。

 それでもできる限りからだを締めつけて縮みこんでいた。

 なんであのときミドリはこんな格好をしてたのか、

 その理由がいまならわかる。

 これなら、なにもみなくて済むからだ。

 だって、あのときミドリは言っていた。

 わたしの顔が、みられないからだって。

 その気持ちがいまならわかる。

 わたしはわたしの顔をみられない。

 わたしの姿をみたくない。

 ミドリは申し訳ないからわたしの顔がみられないって言ったけれど。

 わたしはそれ以上に、恥ずかしくってみられない。

 自分自身が恥ずかしくってみてられない。

 あんなみっともない姿を。

 あんなに調子にのって思いあがった姿を。

 あんなふうに自由を勘違いして好き勝手絶頂に、ミドリを傷つけている姿なんて。

 とてもじゃないけどみてれない。

 だからこうしてなにもみなくて済むように、顔をふせて目を閉じていた。

 そうやって後悔と自責の泥をかぶったまんま。

 羞恥の穴のなかに埋まっていってしまいたかった。

 そんな暗闇のなかで思うことはただひとつ。

 わたしはどうしたら

 どうすればわたしは

 ただ、終わってしまったことだけを思い続けてる。

 そうして目を閉じていても聞こえてくる音がある。

 パチパチと、そろばんを弾く乾いた音があたまに響く。

 ひとのこころはホントに便利にできている。

 こんなときでも、どんなときでも、おんなじこころの別のところで違うことを思ってる。

 感情に呑まれて「いままで」に沈んでいるすぐ一枚裏で。

 合理的に「これから」のことを計算してる。

 算数は苦手なはずなのに。

 こういうときばっかり、あたまのなかでそろばんを弾く手はなめらかだ。

 そういえば誰かが言ってたっけ。

 計算なんて、お金と損得だけ勘定できれば充分だって。

 でもそれを言った本人が、わりとそのへんどんぶり勘定だった気がするのは気のせいだろうか。

 そんなことを思ってるうちに、乾いた音はやんでいた。

 どうやら計算は終わったらしい。

 そして今度はまた別の、けどがわたしに囁きかけてくる。

「ねえ、もういいんじゃない?」

 ひとのからだっていうものは、ホントによくできている。

 必要なものは揃ってて、無駄なものは特にない。

 どのにもそれぞれちゃんと意味があり、おのおの役割がちゃんとある。

 使い方も、使い途も決まってる。

 そしてそれをうまく使えば、やりたいことも大概できる。

 

 だから、ひとつあればそれでいい。

「自分のはもういいんじゃない?」 

 聞きたくもないわたしの声が、わたしのことなんかお構いなしに続けていく。

しちゃった原因はもうわかってるんでしょう?」

 いままで散々思い知らされて自分でもよくわかっていることを、わざわざ言葉にしてつきつける。

「それはわたしが、だからでしょう?」

 わかってるよ、そんなこと。

 じゃなきゃミドリにあんなことできやしないんだから。

「そんなだから、もうとっくに終わったことばかり思っているんでしょう?」

 だったらなんだって言うんだ。

「でも、それじゃあダメだよ?」

 それって、なにが。

「だってそれじゃあ、?」

 ……わたしの……魔法少女。

「わたしの憧れた魔法少女。みんなを助け、みんなを救い、。なのにわたしの魔法は壊すだけ、。そこからなにも始まらない、そこからなにもうまれないちから。だってそれは始まるものを、うまれたものを、。だから、?」

 ? アレってもしかてしてミドリのことか。

「そう、だよ。ソレがないとわたしは「わたしの魔法少女」にはなれない。逆にアレさえいればわたしは「わたしの魔法少女」でいることができる。わたしがをみんな殺して、アレがもとに戻す。まさに完璧な役割分担。まさに理想のパートナー相棒じゃない。だから、ね?」

 だから、なに。

「あやまっちゃいなよ」

 ……あやまる?

「自分が悪いとわかってるんでしょう? 自分のせいだって思ってるんでしょう? だったらそんなの、あやまっちゃえばいいんだよ。簡単だよ。だって。ちゃんとしたひとならそれぐらいできて。それにいまならまだ許してくれるよ。いいや、いまじゃなくても、いつでも、どこでも、どんなときでも、。だから、ね。あやまっちゃお。上っ面だけでいい。中身なんか必要ない。カラッポでも構わない。わたしがただなんの意味もない音を並べるだけで充分だよ。それで全部が万事解決。いままでのことは。そこから先へ進めるよ。そうすればわたしはわたしの憧れた、『わたしの魔法少女』でいられるんだから。そんなもの、?」

 普段はまともにひと話さないくせに、あたまのなかだとわたしはほんとによくしゃべる。

 まるでよくまわるくちだこと。

 やっぱりなんてものは一枚あればこと足りる。

 嘘をつくにも。ひとを騙すのも。

 何より大切な想いを言葉にするのに二枚もあったら邪魔なだけだ。

 だっていうのに、おんなじ言葉でおんなじくちで、一枚の舌で済ませようとするわたしに。

 わたし自身をわたしはこころの底から嫌悪する。

 だけどあんなに知ったふうなくちでしゃべってたけど、わからないことがひとつある。

 ひとにあやまるって、いったいどうすればいいんだっけ。

 なんて言うのが、

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