第78話わたし、魔法少女になりました そのさんじゅうご(わたしの意志ではちゃんと弔っていたつもりです)

 むねのなかで、濁った暗いモノが渦をまいている。

 泥っとした黒いモノが煮立っている。

 暗く黒く汚れたモノが、ずるりと這い出してくる。

 思わずわたしは身体をくの字に曲げて、知らないあいだに両手でくちを塞いでいた。

 息が苦しくなるけどかまってられない。

 なによりこのむねの苦しみのほうをどうにかしたかった。

 呼吸がとまりそうだけど気にしてられない。

 それよりこの吐き気のほうとめてしまいたかった。

 そんなことよりこころの裏からこあげてくるモノをなんとかしてしまいたかった。

 むねの裡でふくれあがる後悔を抱えたままで。

 ああ、やっぱり気づくんじゃなかった。

 どうして気づいてしまったんだろう。

 ああ、やっぱり見なければよかった。

 なんで見てしまったんだろう。

 背中合わせの真逆まぎゃくの思い。

 鏡写しの逆しまの想い。

 逆だけど、ふくらみ続けるさっきまでとは全然違う後悔。

 その原因がそこある。

 その核心がそこにはある。

 全部お母さんの姉だと言っていた、わたしの叔母さんが用意してくれていた。

 仏壇なんて立派なものはないけれど。

 片付けられた棚の上には、最低限必要のものだけは揃ってる。

 小さな香炉と小ぶりな

 それだけあればできること。

 もう死んじゃったひとを偲ぶには、それにお線香をたてるときだけでいい。

 これだけあれば、もういいでしょ。

 もういなくなったひとを悼むのは、それを鳴らすときだけでいい。

 これだけやれば、あとはいいでしょ。

 そして

 それさえあればもういらない。

 たしかに道具を揃えてくれたのは叔母さんだけど。

 に向かって毎日手を合わせているのはわたし。

 にお供えするお水を毎日とり替えているのもわたし。

 だったらもう、それでいいでしょ。

 ちなみにごはんはお供えしてない。

 だって、もういないひとはごはんを食べないんだから。

 死んじゃったひとはもうごはんを食べられないんだから。

 そんな、しなくていいよね。

 それでも必要最低限のことは、毎日欠かさずやっていた。

 そこまでやれば、もう、

 なのにどうして。

 お母さんの遺影がそこにある。

 

 いきてたときの笑顔のままで、なんでいまでもわたしを見てる。

 死んじゃったひとを悼むのも。

 いなくなったひとを偲ぶのも。

 、わたしにしかできないこと。

 ならこれから、わたしの自由で、いいじゃない。

 なのにどうして。

 もう死んじゃっていなくなちゃったひとが。

 

 そんな笑顔で、そんな目で、どうしてわたしを

 ――ねえ、こいし。

 やめろ。用もないのにでてくるな。

 ――そんなことをしては

 やめて。必要もないのに聞こえてえてこないで。

 ――あながしていることは

 やめてください。あなたから聞きたかった言葉はこれじゃない。

 ――あのね、こいし。

 違う。わたしがあなたの最期に聞きたかった言葉は

 なのにどうして。

 わたしに聞こえてくる言葉は。

 いつまでわたしを、とがめ続ければいいんだろう。

 お母さんの言ってくれる言葉は。

 いつまでもわたしを、せめ続けるつもりなんだろう。

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