第53話わたし、魔法少女になりました そのじゅう(わたしの意志に裏も表もありません)

 ひとを殺しちゃいけない。

 そんなことは決まってる。

 そんなの当たり前に決まってる。

 そこに疑問をもっちゃいけない。

 それを不思議に思っちゃいけない。

 そのことを、決してひとに訊いちゃいけない。

 そんなことには理由なんて必要ない。

 わたしはそれを、あの日に母から教わった。

 いま思い出しても身体が勝手に震えるくらい、キッチリカッチリ刻まれた。

 それがすっごくとっても簡単で単純なことだということを。

 それはいつでもどこでも誰でも誰かが誰かに簡単に、できてしまえるということを。

 じゃあなんで、みんなはそんなことをしないのか。

 そんな簡単なことなのにしないのか。

 もののはずみや、ちょっとした手違いだけでも、できてしまえることなのに。

 、やろうとするひとはいない。

 そしてそんなことを、わたしはしたくてもしない。

 そこにあるのは、、決めたこと。

 ひとを殺したりなんて、しない。

 そうしてしまうことはと、すっごく恐いことだから。

 それにそんなことは、わたしにはできてもできない。

 どうであっても、、選んだこと。

 ひとを殺すなんてこと、できない。

 そうじゃないと、とっても怖いことになってしまうから。

 それは単純なことだから。

 お母さんが教えてくれて、気づかせてくれたこと。

 どうして、ひとはひとを殺しちゃいけないのかじゃなく。

 何で、ひとはひとを殺さないのかだったから。

 すっごく簡単で、とっても単純なことがあるだけだったから。

 ひとにはそんな理由はないから、やらないだけ。

 そんな必要はないから、ひとにはやらないだけ。

 ただ、それだけ。

 それだけしか、ないことだった。

 そしてそこにあるのは、ただただ恐怖だけだった。

 もしもわたしが、自分がひとを殺すことを受けいれてしまったら。

 殺したいけど理由がないという、わたしが生きていられる理由なのを受けいれるのと変わらないから。

 もしもわたしが、自分がひとを殺せることを認めしまったら。

 の必要がないから殺さないことが、わたしが生きていくのに必要なことを認めるのと同じだから。

 そこにいるもの全部がこわく、全部そこにあるのがコワカった。

 、わたしはひとを殺さない。

 わたしには、ひとを殺す理由も必要もない。

 そんな自分自身を、をわたしが肯定することはできなかった。

 それは何の理由も必要なく、ここがひとがひとを殺せる世界だと肯定してしまうことだから。

 わたしは、ひとに殺されるのは嫌だから。

 そんな世界にわたしが生きているいるのが、嫌だから。

「ひとを殺しちゃいけない。確かにそうだね、決してとは言えない。例えキミの口にした道理が、暴力によって教えられたものだったとしても。、キミの想いが、の他者に対する純粋な恐怖を根元にしているとしてもだ。それが拒絶であれ受諾であれね。だからボクもひとつ訊きたい。どうしてそんなキミが、訊いたんだい?」

 そう言って、今度は緑の目がわたしに訊いてくる。

 この緑の目はわたしの質問に答えてくれた。

 なら次は、わたしの番だった。

「別に、ただ知りたかっただけだよ。ひとがひとを殺せるのと変わらずに、魔法少女は魔法少女を同じように殺せるのかどうか。わたしが殺せなかったわたしを、他の魔法少女が殺せるのかどうか。そのときわたしは、って思っただけだよ」

 そのときわたしは、迷わないために。

 殺す理由がないひとが、ひとを殺す必要はない。

 殺す必要がないひとを、ひとが殺す理由はない。

 じゃあもし理由があったなら、その必要があったなら。

 ひとはひとを殺してしまう。ひとはひとを殺せてしまう。

 魔法少女もそうだとしたら、わたしは怖くて恐くてたまらない。

 あんまりにもこわすぎて、おかしくなってしまいそうなくらい。

 それでもひとつだけ安心できた。 

 わたしはわたしを殺せない。

 だからわたしは、

「キミは死ぬことではなく殺されることを、自分の生命を誰かに奪われることが何より嫌なんだね。それこそが、自分以外への他者に対する恐怖の本質だね。その気持ちが、ボクは心から想っているよ。でもその割には随分と愉しそうに、初仕事をこなしていたようだけど」

 それは、だって。

「だって、あいつらは。それにひとり残りさず全部殺さないと、あとで何されるかわかんないし」

 死ぬべきやつらを殺してもいいから、殺しただけ。

 それがあんなに愉しいなんて思わなかった。

 それがダメって言われたら困ってしまう。

 こらから何を愉しみに、魔法少女をやればいいのか。

 これから何が楽しくて、魔法少女を続ければ良いのか。

 わかんなくなって困っちゃう。

真逆まさか、もしかしてキミは……」

「なに? どうしたの、急にブレーキなんかかけちゃって。訊きたいことがあるなら訊けばいいじゃない。お互いを知ることが、仲良くなるのに大事なことなんでしょ」

 ってそんなこと、前にあんた言ってなかったっけ。

「そうかい、じゃあお言葉に甘えて。キミは、ひとを殺すのはいけないことだと知っているんだよね?」

「うん、そうだよ」

 さっき言ったじゃん。

「じゃあ、?」

「ないよ、?」

 何か悪いことなの?

「たしかに前までって思ってたけど、あんなに愉しくて気持ちいいことの、どこが悪いことなの?」

 それにそんなこと、お母さんは教えてくれなかった。

 だってあの日のお母さんはすっごく笑顔でとっても嬉しそうな声をして、わたしに恐怖を教えてくれたんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る