第50話わたし、魔法少女になりました そのなな(これからはわたしの意志でどうにかやっていこうと思います)

 あ、爪伸びてる、これじゃあそろそろ切らなきゃなぁ。

 それがで人差し指と中指を見たときに、わたしが思ったことだった。

 わたしの左目をえぐるはずだった、ホントはその奥まで届かせるつもりで自分に向けた二本貫手はいま、まさに目の前にある。

 手加減も躊躇も一切しないで突っ込んだ二本の指は、まつ毛に触れるか触れないかくらいの位置で急にピタリと縫い止められたように止まってしまった。

 そのおかげでじっくりと、自分の指と爪の様子を観察できた。

 相変わらず小さくて短い、形と色もツヤも悪い、いつもどおりのわたしの身体の一部がそこにある。

 なのに、そこから先は何をどうやっても進まない。

 力が入らないというより、身体に力が通らないような感触。

 腕も手も指もそこにあるのに、全然わたしの意志が伝わらない感覚。

 まるで、もどかしくてじれったい、あのとても気持ちの悪い感覚によく似ていた。

「ホントだ、できないや」

 わたしは自分の指を見つめたままで、緑の目に報告する。

「だからそう言ったじゃないか。迅速果断即決即断即実行はキミの素晴らしい長所で得難い素質だとは思うけど、その唐突かつ初速から最速で極端な行動を起こすことは出来る限り控えた方が良いと、ボクは思うよ。じゃないと、誰も。それに、とても。どれだけ大丈夫だと解っていても、これだけはどうにもできない。なにせキミのことで、キミのやることだからね」

 最後の余計なひと言が余計に気になるけど、もしかしてこの緑の目。

「わたしのこと、心配してくれたの?」

「当然だよ。キミほど危険で危なっかしい子はいないからね。今のは本当に肝が冷えたよ、0カルビンくらいまでね。その上数がいくつあっても足りないときている。ボクにはひとつしかないというのに」

 わたしだっていっこしか持ってないよ。

 あ、いやそうじゃなくって、またそうやってひとを危険物扱いしてくれちゃって。

 でもいきなりこんなことしたら、そう扱われてもしょうがないか。

 だからってそんな聞いたことも習ったこともない言葉を引き合いにださなくてもいいじゃない。

 カルビンって何? 何かの単位? まさかお肉の種類じゃいなよね?

 でもわたしが心配させたのも、わたしを心配してくれたのもホントだから。

「それはご心配おかけして悪かったね。あんたのいっこしかない大事な心臓に、余計な負担をかけさせてさ」

 素直に謝りたい気持ちはあるのに、口からでた言葉にはそんなものは欠片もない。

 謝っただけじゃ意味がないって、さっき言われたばっかりだけど。

 これじゃあ、謝ってさえいない。

 なのにこの緑の目は。

「ボクのことはどうでもいい、大事なことはキミ。それはキミがボクのパートナー相棒だからという。キミが傷つくことを心配するし、傷つかないよう気遣いもする。キミの心と身体、どちらもね。それはボクにとって当然のことだ。だから、もうそんなことはして欲しくない。勝手な願いだということは重々承知している。それでもあえて言うよ。もう二度と、

 こんなわたしを気にしてくれて、それでもわたしを見ていてくれた。

 こころのなかから外すことなく、視線を逸らすこともなく。

 わたしがここにいることを、ちゃんとわかってくれていた。

「わかったよ。せっかく見つけたパートナー道具だもんね。傷物になって壊れたら困るもんね」

 それがようやくわかっても、すぐには素直になれなかった。

 でもそれは、最初のひと言だけ。

「だからそれは……」

「わかってる、冗談だよ。ごめんね、心配かけて。もうしないよ、

 次からは、ひと言では言えなかった素直な気持ちを言葉にできた。

「ありがとう、それならいいんだ。本当に、。でも今度はまた急にしおらしくなって。キミはよくよく極端から極端に振り切るね。それで壊れてないと主張されてもこっちが困ってしうよ。もしかして、何かよろしくないものでもこっそり摂取してたりするのかい?」

「そんなわけないでしょ」

 今度はさり気なくひとをコワレモノ扱いして。

 素直になってみたらすぐこれだ。

 でもこの緑の目が、嫌味で回りくどくて面倒なひとだとしたら。

 わたしは、素直じゃなくて手間のかかる厄介な子だ。

 自分のためなら言いたいことは言えるけど。 

 ひとのために言うべきことが言えないわたし。

 ひとへの想いを言葉にすることができるのに。

 自分がどう思われているかを言葉にされても構わない緑の目。

 お互いにあべこべだけど、でもなんだか似ているふたり。

 いままで似ているものは違うものだと思ってたけど。

 似ているってことは、、思えるようになっていた。

 それがこんなのじゃなければもっといいけど。

 だけどこんなのじゃなかったらもっとやだ。

「それでをしたのは、やっぱりボクのことが信じられなかったからかい? あと、そろそろ目から指を離したらどうかな。その格好を見ているだけで冷や汗が止まらないよ」

「あっといけない。忘れてた。でも今晩はあったかいから、ちょっと冷えるくらいでちょうどいいんじゃない?」

 そう言いながら、わたしは目を突く寸前で固まったままの指を離す。

 どれだけやってもちっとも前に進まなかった指が、後ろに退いいたら簡単に外れた。

 磁石の同じ色をくっつけたときみたいに。

「それじゃあキミの快適な睡眠を助けるために、一緒に布団に入って少しでも涼しくしてあげよう」

「ぶっぶー、残念でしたー、間に合ってます。わたしの布団は一人用なんだよ。それでなくてもベチョベチョに濡れたあんたを布団のなかにいれたくありまでせん」

 そんな他愛ないやり取りをしながらも、答えるべきことにはちゃんと答える。

「それに、はあんたを信じてないからやったんじゃないよ。むしろその逆で、あんたを信じてからやってみたんだ。あんたが大丈夫って言うんなら、わたしには出来ないって言うんなら、きっとそうなんだろうなって」

 だからあんなことしたんだけど、やりすぎだったのかな。

 まあ、いまさらそんなこと思ってもしょうがないけど。

 でもあのときは、あれが一番だと思っちゃったんだから。

 思っちゃったら、やるしかないよね。

「じゃあ何のために? ボクの言葉をするため?」

「違うよ。いまはそんなことする必要ないし、あのときはそんなつもりはなかったよ。ただちょっと

 そう、あれはただちょっと知りたかっただけ。

 だって好奇心が猫だって殺せるっていうのなら。

 だったら、どうなのかなって。

 だからただちょっと、試してみたくなっただけ。

 だけどわたしも、わたしの好奇心も緑の目の言う通り、わたし自身を殺せなかった。

 でもそれは

 だって緑の目が言ってたとおりなら、

 自分で死ぬことはできなくても、自分を殺すことができないなら、それしか他にやり方がない。

 それなら、他のひとにやってもらうばいい。

 

 でもそれはわたしの好みじゃない。

 せっかく親からもらったなのに、それを粗末にするなんて意味がわからない。

 どうして、理由がわからない。

 わたしには、全然理解できない。

 もしそんなことをするひとがいるのなら、そんなひとはわたしが真っ先に殺しちゃうんだから。

 なんて、ホントにそんなことはしないけど。

 だって、コワイから。

 でも、ただほんのちょっとだけ。

「ねえ、?」

 好奇心なんかなくっても、わたしは猫を殺すことができる。

 でもわたしの好奇心じゃ、わたしという魔法少女は殺せなかった。

 

 それだけをただちょっとでいいから、知りたくなっただけ。

 だからこれはただの好奇心。

 ただの猫しか殺せない、安全無害の好奇心。

 でも猫だって殺せる好奇心が、ホントに魔法少女を殺せないんだろうか。

 それをたしかめるためだけに、試してみる気はないけどね。

 そんな好奇心はないからね。

 ホントのホントに、ほんのちょっともないからね。

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